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『多分夏休みが明けてこれからそういうの増えてくと思うよ。中学の時よりもオープンにしてるやつ多いし。ま、気張っていこーぜ。』
新学期早々、ポンと叩かれた肩と共にクラスメイトから受けた助言。気張るとは。少し励まされている感があるのはなぜ。なんて腑に落ちないところもありつつ、その時は気に留めることはなかった。
忘れかけていたその言葉が頭をよぎったのは、週が明けて通常授業が始まった頃。どうやら夏休みを惜しむおれとは別に、夏気分が抜けない浮かれたやつがいることを知る。
……登下校の道のど真ん中とか、移動教室で通る他学年のフロアとか、人目につく場所でもお構いなしにイチャつくのはどうかと思うんですケド…。
ここ数日で何度そう思ったことか。夏休みがきっかけになったのか夏の太陽に背中を押されたのかは分からないが、クラスメイトの言った通りだった。なんだかやけに至るところで恋が成就しているらしい。
そんで、それはおれの教室でも。
「………。」
はぁ、お前らもだよ、このクラスの記念すべき第一号カップルめ…。休み時間の度におれの席を奪うな。
おれの右隣の席のやつと話すために、隙あらば乗っ取られるおれの席。結局ふたりは付き合ってるらしい。恋する乙女みたいな顔して横の彼を見ているけれど、トイレから戻ってきたら居場所がなくなっていて困っているおれの存在にも気付いてほしい。
「あーらら、星野また居場所なくしてる〜」
「しょうがない、もうおれなんて見えてないみたいだから…。」
「俺の机に着替え置いていいよ。」
「ん、ありがと…。」
次の授業は体育。ふたりの間に割り入って服を脱ぎ始めるわけにもいかず、左隣の直江の席に寄って着替えることにした。ロッカーから取ってきたジャージに着替え、ふたりの邪魔をしないように机の横に掛けてある室内用の運動シューズにそろりと手を伸ばす。もちろんそれも気付かれることはなかった。
「今日から体育何やるんだろ。」
「バスケだってさ。」
「あーバスケ。まあ、マシな方か……。」
ワイシャツのボタンに手をかけながら訊けば直江が答えてくれた。バスケ部のメンツが意気揚々と駆け出して行ったのはそのせいか、と納得する。夏休み明け最初の体育の授業で、正直体は重いが室内なだけマシだ。外だったら死んでた。
ボールに触んなきゃ、そんなに走らないで済むだろ。
*
………テキトーにやろ、なんて。そう思っていたのに。
「はぁ、はぁ……」
ウォーミングアップでシュートやドリブルの練習をしてから、残りのほとんどの時間を使って試合をすることになった。それがよりにもよって、バスケ部のやつと同じチームになってしまったのが運の尽き。部員としてのプライドが、たとえ体育の授業であろうとも試合である限り負けることを許さないらしい。止まってると動けと怒られるせいで、すでに想定していた5倍は動いている。
「──星野!」
「うぇ……、」
パス!と言われてボールが飛んでくる。いらないんだけど、と溢しかけた言葉は飲み込んで、仕方なく受け取ったボールをすぐに前にいる人へ流す。
おれを介したシュートが決まって、試合終了のタイムが鳴った。交代制で、またコートが空くまではしばらく待ち時間。体力の限界が近いおれは、キュキュッとシューズを鳴らしながら体育館の床にへたり込む。
もっとおだやかなチームがよかった。ガチな試合は部活の方でやってほしい…。
「星野へろへろじゃん。夏バテかー?」
「や…、一年を通じてわりとこんなもんです…。」
入れ違いでコートに入っていくクラスメイトたちが声を掛けてくれる。自分としては通常運転のつもりだったが、少し遅れて後に続いたまいちゃんの「アイスばっか食べてるからじゃん。」の小言とも言える言葉にハッとした。
それはたしかに。頭いいな。じゃあやっぱり夏バテってやつかも。
***
「腹減ったあ〜!教室戻ろーぜー………って、うわ。星野顔色わるっ」
「まじだ、序盤からヘロヘロだったもんなぁ。おーい星野大丈夫?動ける?」
体育の授業が終わって、別チームだった直江と陽介がおれの元にやってきた。顔を見てすぐに心配されるくらいには、おれの体調は最悪で。ラストの一試合がダメ押しになった感覚はある。
「きもちわるい…。」
「おー、ぽい顔してるわ。教室戻る?保健室行って寝る?」
「…………保健室。」
今の授業が4限目だったからもう昼休み。腹が減ったと直江も言った通り、本当だったら教室に戻って昼ご飯を食べる予定だったのだけど、これでは食べられそうにもない。横になって休みたい、と言えばふたりが保健室まで送ってくれることになった。
ただの運動不足と不摂生のせいだけど、休ませてもらえるかな…。保健室の先生がどんな人か知らないけど、おのちゃん先輩がいてくれた方がいいなあ。
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