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***

あと一分。チャイムが鳴るのを今か今かと待ちわびて、しんとして静かな教室の中、どことなくソワソワとして落ち着かないクラスメイト達。落ち着かないのは、ちらちらと時計を見上げては秒針の位置を確認するおれも同じだった。


キンコンカンコンと鳴るチャイムのキンの時点で、テストから解放された生徒たちはガタガタと椅子を揺らす。


「終わったー!」


「夏休みだー!」


と騒ぎつつも、後ろから前へと答案用紙を流しながら筆記用具をペンケースにしまうおれたちの手はテキパキとしていた。終業式があるからまだ帰らないように、と念を押す担任の声もどこか遠く、みんな気分はもう完全に夏休みだ。嬉しそうにはしゃぐクラスメイト達に囲まれ、おれもぐたりと姿勢を崩す。


高校生になって初めて迎える夏休み。地元を離れて入学した先の高校で、当初は制服をしっかりめに着込んで地元のやつらよりもどこか大人びて見えた同級生。大きく変わってしまった環境に不安を感じたこともあったけれど、長期休み前のこの教室の騒がしさは去年まで見ていたものと同じだった。どこの誰とか関係なく、夏休みはやっぱりみんな嬉しいものらしい。
おれは開放感の中ホッと息を吐く。当たり前におれも嬉しい。



「星野はいつ地元に帰んの?」


「んー…。明日かあさってか、気が向かなかったらしあさって。」


「いや、決めてないのかよ。」


終業式が始まるからと体育館への移動を放送に促され廊下に出れば、声を掛けたりせずとも横に並んだ直江と陽介。わらわらと各教室から出てくる生徒や、途中取っ組み合って流れを止める生徒なんかもいるせいで所々で廊下が詰まる。が、どんなにゆっくりな足取りでも今なら許せる。もうほぼ始まったも同然な夏休みに、おれの心も最大限に広くなっているせい。


長い夏休み。休みに入ったらすぐに帰ってこられるのかと母親からも帰省を催促する連絡が来てはいたけど。初日から急いで帰る必要もないし、帰ったって向こうで何かする事があるかと考えても別にないし。それに準備がめんどくさいから、直江に答えたように夏休みの予定なんてふんわりとしか立てていない。


「そんな気分次第な予定で大丈夫かよ?星野の場合そのまま気が向かないかもしれないんじゃね?」


「大丈夫だよ。夏休みなんて無限にあるんだし。」


「いや1ヶ月くらいだけど…。」


「終盤になって泣いてる星野が目に浮かぶ。」


地味に浮かれているおれを直江と陽介が意外そうに見るけれど、そりゃ浮かれもするだろ。だけどふたりはそこまで嬉しくもなさそうで、聞けば部活三昧だから完全な休みはそれほどないと言う。

一日中サッカーして、合宿なんかもあるらしい。夏休みなのに。全然休めないどころか、むしろそれ普段よりきつい生活始まらない?




ようやく到着した体育館の中に入ると、むわっとした熱気に包まれて顔を顰めた。この暑い中、明日からサッカー三昧の日々が始まるふたりに内心同情する。じっとしているだけでじわりと額に滲む汗。けれどこんな蒸し暑い体育館に来るのも今年はこれが最後だと思うと、それもそれほど不快ではない。心に余裕があると、こんなにも寛大になれる。



始まった終業式。珍しくすぐに静かになった、体育館に詰め込まれた全校生徒。きっとみんな早く終わらせたいんだろうな、と思いながら体育座りをしているおれは、抱えた膝の間から体育館の床をぼんやりと見つめる。


「……………………。」


眠すぎる。


こんな蒸し暑さの中でも、テスト最終日の前夜、寝落ちするまで英単語を詰め込まれていた頭はすぐに眠気に支配された。うとうとと首を揺らし始めた頃、キィン、と響いたマイクの音にはっと起きて息を吸い込む。誰かの話が終わって、司会がマイクをオンにしたらしい。ハウリングの後、続きまして、なんて司会が言うから、まだ終わらないのかとおれは再び目を閉じてしまう。



『──続きまして、風紀委員長の篠塚さんよろしくお願いします。』


……あ、せんぱいだ。


耳に入ってきたその名前に落ちかけた意識が少しだけ浮上するが、おれは目を閉じたまま。人がぎゅうぎゅうの夏の体育館の暑さに、脳みそが溶かされてるんじゃないかってくらいに眠くて頭が働かない。

風紀委員長からのお話は、明日から始まる夏休みの過ごし方とか、寮を空ける場合の注意点なんかについてで。また先生みたいなこと言ってる、と思いながら、そんな退屈な話がまたおれの眠気を誘った。


マイクを通して体育館に響く篠塚先輩の声が子守唄になってきた頃、こくりこくりと船を漕いでいた首が突然ガクンと後ろに倒れる。


「ぁがっ……」


そのまま身体ごと持って行かれそうになり思わずびっくりしてでかい声をあげそうになったが、そこはぐっと堪えつつ倒れかけた上体を起こす。

見られたか?と首だけで後ろをそっと振り返れば、おれと同じく俯いてうたた寝しているやつがほとんどの中、にやにやと笑う何人かのクラスメイトと目が合った。


見られてるし…。


終業式の最中だから誰も喋れない状況。クラスメイトはにやにやと笑うだけで、おれも見られた恥ずかしさから何とも言えない表情をするしかなくて。静かに注がれる視線から逃げるように、おれはまたそっと前を向き直した。


「…ふぁ、」


おかげで目は覚めたけど。最後にひとつあくびを噛み殺して顔を上げる。もうそろそろ篠塚先輩の話も終わりそう、とようやく開いた目で声しか聞こえていなかったその姿をおれは今日初めて捉えた。が、終わりも終わり。


『───、以上です。』


と言って話を締めた篠塚先輩が壇上から降りていくところだった。


ピシッとした姿勢で立っていた風紀委員長が立ち去る間際、ふっと笑ったように見えてイヤな予感がしたが、隣のクラスの列あたりからワァッと小さく喜ぶ声が聞こえてきたので風紀委員長なりのサービス精神だと思うことにした。


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