うたプリ中篇 | ナノ


星降る瞳にキスを(藍)

「…………」

いつものように、部屋は闇に包まれていて、
月灯かりだけがこの部屋の様子を映し出している。

ボクは侵入者が出ていった窓を見つめる。
開けっぱなしの窓からはそよ風が入りこんでいた。
風はカーテンを揺らしていたが、この部屋には静寂が戻っていた。

ボクはそこへと近づき窓を、そしてカーテンを閉める。
ボクの動作はいつだって完璧だ。
だから確認する必要もないのに、もう1度鍵が閉まっているか触れて確かめた。

振り返ると、ベッドの上には涙ぐんだ名が茫然とこっちを見ている。
ボクの方を見ている、というより、侵入者の幻を見つめているよう。

―――気に入らない。

「名」
「………………」

返事もしない。
やっぱり気に入らない。

「名」
「……あっ……はい」

少し大きな声を出すと、その瞳に光が戻る。
呪縛から解き放たれたみたいに。
悪い夢から覚めたみたいに。

視線をさ迷わせてから、ボクを見つめた。


「大丈夫?」

ローブの裾を揺らしてベッドへと近づき、そこに座ったまま動かない彼女を優しく抱きしめる。
触れた瞬間、また身体を震わせた。

「怖かった?」
「……う、ううん……大丈夫」
「本当?」
「……うん」
「危ないときは、すぐにボクを呼ぶように言っておいたはずだけど?」
「…ごめんなさい」
「ボクは普通の人間と違って脆くない。いつだってきみを守れる」
「でもアイが傷つくのを見るのは嫌だもの…」

腕の中で小さくかぶりを振る。
服と髪がこすれて乱れる。それが愛しい。

こんな感情を教えてくれたのは彼女だ。

ボクは普通の人間とは違う。
普通の人間と違って、感情にもあまり変化がない。
加えて、ちょっとやそっとじゃ怪我をしない……いや、壊れない。
多少壊れたって、修理することができる。

それなのに名はそんなボクの優れた面を利用しようと考えることはなかった。
この身体はきみを守る為にあるのに。

「名」

腕の力を緩めて、彼女と見つめ合う。

「いつもみたいに呼んでよ……名前」
「アイ……藍……ちゃん」
「そう。ねぇ、きみに歌を教えたのは誰?」
「…藍ちゃん」
「死にかけてたきみをここに連れて来たのは誰?」
「…藍ちゃん」
「世話をしてるのは誰?」
「…藍ちゃん」
「そう。きみは今までと同じように、これからもボクの手で生きるべきなんだ」

いままで大切にしてきたのに。
ずっと傍にいたのに。

「……ボク以外の男に身体触らせたりしないでよ、っ……」
「藍…ちゃん?」
「きみに触れていいのはボクだけ。きみを大人にするのもボクだよ。…ほら、こっち見なよ」
「藍ちゃっ…んっ…!」

乱暴に顎を掴んで上を向かせる。
性急なキス。
いつもの挨拶代わりの軽いキスとは違う、自分の欲望を押し付ける強引なキス。

ねぇ、わかってよ。
きみを誰よりも想ってるのはボクだよ。

今更出てきた他の男なんかに心動かされたりしないでよ……!

「ふっ……ぁ……んっ……あ、いちゃ……んっ……」
「……っ……なに?……質問なら後にして。ボクはいま、きみとキスがしたい。ボクに逆らわないで……っ」
「ぁっ……んっ…………ふ……」

彼女の中に入り込みたい想いが先走っている。
保っていた距離を壊そうとするかのような口づけ。

ボクらしくない。
いままでと同じで、これからだって大切にしたいと思ってたのに。

きっとそれは侵入者が彼女と関係のある人物だったからだ。
見覚えがあった。
昔、彼女がまだ”不思議な力”を持たなかった頃に暮らしていた村の男。

仕事で、国内の村を視察しにいくときにたびたび見掛ける。

いまになってどうしてここへ?
名を奪い返しにきた?
いまさら?

いや、名が聖女だということは一部の者しか知らないし、
彼女の顔も割れていないはず。

……いや、そんなことはどうでもいい。

名はボクのもの。
その事実だけで十分。

「そうでしょ?」
「っ……んっ……藍ちゃ、ぁ……ん」
「誓って。ボク以外の男を見ないで。きみにはボクしかいないでしょ?」

あんな男のこと忘れてよ。

「藍ちゃん……それは難しいよ。だって、同じ建物内にいれば真斗さんにだって会っちゃうし…」
「そういうことじゃないよ。バカ?」
「だって……!」
「いい?ボク以外の男に許したら、承知しないよ」

今度は優しくキスをする。
その感触はまるで音楽記号のピアニッシモで表すことができるかのような、淡くて儚いキス。

このキスの仕方を、きみが教えてくれた。

「……心配だから、名が眠るまで傍にいるよ。もう休んで」
「……うん」

髪を撫でると気持ち良さそうに目を細める。
おずおずとベッドに入り込んだのを確認し、彼女の身体に分厚いシーツを掛け、
その上に更に羽毛をふんだんに使った純白のブランケットを掛ける。

「おやすみなさい、藍ちゃん」
「おやすみ」

ほどなくして規則的な寝息が聞こえる。
突然の出来事に疲れていたのだろう。彼女はすぐに眠りに入った。

長いまつ毛に星が降り注ぐような幻を見る。
まだあどけない少女ながらも神々しささえ感じる彼女の寝顔は、
自分でも気に入っている名の表情のひとつだった。

彼女を守る為ならなんでもするだろう。
聖職者として神に仕える身でありながら、
その神にさえ牙を剥くことができる。

ボクの全てはきみのものだから。


*END* 20141213



*****

藍ちゃんはこの後、彼女を育てた愛情から彼女を愛しく想うのか、
情愛から彼女を女として見ているからこそ愛しいのか、で悩みそうですね!

過保護な美風さんください!!!!


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