うたプリ中篇 | ナノ


その唇が紡ぐのは(翔/微裏)

真っ白い天井は夜に染まり、
そこに据え付けられたシャンデリアは月灯かりに照らされながらも、
それ自身は光りを燈していなかった。

俺は見たこともないでっかいベッドの上で、
ひとりの非力な少女を押し倒したまま、その表情を観察していた。

「お前が……魔女」
「ち、違うっていっているでしょう!?」

白いシーツの上に散らばった髪には月灯かりの欠片が落ち、
きらきらと輝いている。
薄闇の中、その表情がよく見えなくて、
相手は怒っているのか、笑っているのか、諦めているのか、嘲笑っているのか、
判断がつかなかった。
だからその顔をまじまじと見つめていた。

声色からすると、どうやら俺の言うことに歯向かう気らしい。

「今更否定すんのかよ」
「どうしてあなたがそんなこと言うのか、理解できないもの!」
「こんな森深く、こんな凄い屋敷にひとりで住んでる。決まった時間に鐘を鳴らし、歌を歌う」
「それが、私の”役割”、ですから…」
「その鐘は役人を呼ぶ合図。その歌は誘惑の歌声。こんなすごい屋敷に住んでるのは貴族をたぶらかして建てさせたからって皆言ってるんだからな!」
「誤解です!私は仕方なく…!」
「仕方なく……男を誘惑してるのかよ!」
「違います!」
「っ」
闇を切り裂くような叫び声。
今の声はこの部屋の外に聞こえてしまったかもしれない。

「………………」

息を潜めて外の音をうかがう。
森に棲む動物たちの鳴き声しか聞こえなかった。

……特に変わりはない。誰かが来る気配もない。
ここに住んでいる聖職者たちは別の棟にいるのだろうか。

さっきよりも月が高く上がったようで、彼女の白い顔が闇に浮かびあがる。

「……っ」

息をのむような美しさだった。
白い頬は紅潮し、少し汗ばんだ肌に髪が張り付いている様はなんとも妖艶で、
悪い魔女を退治しに来た俺の心を揺さぶる。

表情は怒っているというよりも困惑しているように思えた。

騙されるな、翔。
これも魔女の手口。
演技なんてお手の物に決まってるだろ。

そう、領主さまは確かそう言っていた。
魔女は泣いて縋って赦しを乞うかもしれないけど、
騙されてはいけないと。

あの魔女がいるせいで国の財は圧迫され、村への税の取り立ては酷くなる一方。
あの魔女がいるせいで天候が荒れ、去年に続いて今年も不作になりそう。
あの魔女がいるせいで恐ろしい不治の病が蔓延っている。
不治の病が流行しているせいで、前までは盛んだった宿場としての役割も果たせなくなり、
村は廃れていく一方だということ。

あの魔女が聖女として国から守られているのは、
その身体を武器にして王族を始め役人を堕としているから。
だから政界は全て魔女のいいなりだということ。

聖女なんて仮面に過ぎない。
本質は醜い魔女だということ。

「お前さえ…お前さえいなければ…」
「どう…して…ただ私は国の平和の為に…」
「うるさいっ!お前がしてることは全部自分の為だろ……?俺たちを苦しめて何が楽しい…?こんな贅沢な暮しをして……これ以上一体何を求めるんだよ!」

大声に、魔女はびくっと身体を震わせる。
その大きな瞳には涙が溢れている。きっと瞬きをした瞬間に零れ落ちるんだろうな。

「俺はお前を許さない」
「あなたから許しを得なければならないことはひとつもしていないわ!」
「黙れ!!」

あまりの悲痛な声に、彼女の言っていることは本当なのかもしれないと思ってしまう。
その声が聴きたくなくて、その唇を自分のそれで塞ぐ。

「っ……」
「んんっ…」

こんなことするつもりじゃなかったのに。
こいつに触れてると変な気になってくる。
これが国を傾けている魔女の力なのかもしれない。

上等じゃねーか。
お前がその気なら乗っかってやろうじゃん。

押し当てていただけの唇の間から舌を差しこむ。
至近距離すぎて相手の表情はわからなかったが、魔女は俺の舌を受け入れる気がないらしい。
「ちっ…」
そこで白いローブを押し上げている柔らかそうな膨らみを片方ぐっと掴んでやる。
そこは触れたことのない極上の柔らかさで俺の指を包み込む。
「あっ……」
刺激に声を上げた瞬間、唇を割って舌を割り込ませる。
「んっ……ふ……っ」
「っ……ぁ……っ……」
くぐもった甘い声が俺の中に溶けていくようでどうしようもない高揚感を覚える。
ひとしきり貪った後、唇を離す。

「……はっ。……こうやって、誰にでも許すのか?」
「あっ、あなたが無理矢理してきたんじゃありませんか!」
「もう何もない俺たちと違って、お前はなんでも持ってる……それでもまだ何か望むのかよ…」
「な、何の話をしているのかわかりません…私は神の為に生きると決めているのです!」

まっすぐに俺を見つめる瞳は嘘を吐いているようには見えない。
組み敷かれた身体はくらくらするほどの甘い香りを放っているが、とても華奢で非力に見えた。

「違う……お前は聖女なんかじゃない…冷酷な魔女だ……っ!」
「誤解です!どうして……そんな酷いことを……!」

そのときだった。
扉を叩く音がした。

『名?なにを騒いでいるの?』
「アイ……」
「ちっ……」

アイ……それは聖職者のひとりだった。

たまに村に来る国が派遣する視察団の一員でその姿を見掛けることもあった。
聖職者で構成された組織の中でもトップを争う程の知識と力があると聞いたことがある。

ここで捕まってはマズイ。
最悪、殺されるかもしれない。

「覚えてろ……俺はお前の化けの皮を剥いでやる」
「っ……」

強く輝いていた瞳が一瞬悲しみに揺れた気がした。
俺はその身体から素早く身を起こし、窓の方へと駆けだす。

窓枠に上手く立ち、見下ろした景色での着地点を考える。
闇に覆われた森は漆黒でもう運任せのようなものだった。

だが迷っている暇はない。

意を決して足を離した瞬間だった。
俺は名を呼ばれたような気がした。
先程の少女に。

なぜ、俺の名前を―――。

しかし振り返っている余裕はない。

「誰?」

アイの声が冷たく響く。
顔を隠すようストールで鼻と口をしっかりと覆う。

そして足に力を込めた。

「っ……!!」
自ら森へと身を投げる。

風を切って空から落ちるさなか、
考えていたのは無事に着地できるかどうかじゃなく、
あの魔女とアイのことだった。


アイが彼女の世話係なのか、
それとも友達なのか、
それとももっと深い関係なのか見当もつかなかった。

ただ、最後の可能性を考えたときにちくりと胸が痛んだのは事実だった。
考えたくもない。

一瞬で彼女に恋をしてしまった自分なんて、認めたくなかった。


*END*


2014.12.10.




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