胸うさ | ナノ



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「氷雨、」

その静かな声が響いてから数十秒後、氷雨が呼びましたー?と姿を現した。
マッチは静かにああ、と頷いて、その強面の顔に柔らかな笑みを浮かべる。
その顔に嬉しそうに目を細める彼女。
ピアスに触れていた手を、日に当たると銀色に輝く灰色の髪に乗せ、ゆっくりと動かす。
照れたように俯きながらも、擽ったそうにはにかむ氷雨。

「えっと、マッチさん、御用は何ですか?」
「ああ、これからガキたちの様子を見に行くんだが…」
「行きます!」

キラキラと目を輝かせる彼女に、だろうと思ったぜ、と目を細めて、行くぞ、と告げる。
はい、と元気よく返事をした氷雨はマッチの隣に並んで、楽しそうに歩き始めた。
子供が好きだと明言している彼女は、ネルグの子供たちにも懐かれている。
勿論、食料を分けているから、という理由も大きい。
それでも、同じグルメヤクザに属する人間と比べると、子供たちの懐き方に違いがある。

「そういえば、マッチさんはモテますね」
「…突然何の話だ?」

眉を寄せて、何か考え込むような仕草をするマッチ。
舎弟たちには、それがマッチ自身が最近女っ気を以前以上に気をつけて排していることに関係しているとわかる。
だが、その気遣い、もしくは勘違いされないための予防線を張る原因となった張本人はまるで気がつかない。
外から見ているとこれほど滑稽だとは。
少し前に青年と同じように、彼女に初恋を掻っ攫われた男は、苦笑する。

「いつも色んな人にマッチさんの居場所聞かれるんですよ?」

確かにピアスのお陰で大体どっちにマッチさんがいるかはわかりますけど。
にっこり、ピアスを触りながら氷雨は面白そうに笑う。
マッチはまたかというようにため息を吐いた。
初恋となれば、みな経験値がない。
それ故に、話しかける切欠として一番使えるのが、マッチの居場所を聞く、なのだ。
そして、先程の青年のように相談として、お茶や食事に誘う。
大抵はその相談で心が折れて、諦めることになる。
完全に自分の上位にマッチを据えるのだ。
勝てない、と。
マッチを見習うために、彼女の笑顔を見たいために、役に立つために、理由は様々だが、彼らは敗北を認める。
だからこそ、彼らは初恋を奪われていく自身の後輩たちを生暖かい目で見守るのだ。
無論、彼らに近づけは近づくほど、見えていなかった二人の仲をまざまざと見せつけられて結局、初恋は叶わないというジンクスを思い知るはめになるのだが。

「…誰か、マッチさんと対抗する男は現れるのかね」
「無理に1000円」
「じゃあ、俺は現れるに1500円」

二人の背中を見送りながら、舎弟たちは賭けを始める。
この賭けは定期的に行なわれ、彼らは一喜一憂することになるのだが、それはまた別の話。
そして、今日の青年も、いつか賭けの仲間入りを果たすのだ。

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