胸うさ | ナノ



例えば、青年の恋
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例えば、青年の恋

犯罪都市ネルグ、そこに氷雨が落ち着いたのは一年ほど前だ。
基本的にはマッチやその舎弟たちと過ごしている。
とはいえ、外にでない訳ではなく、ネルグの中にも知り合いが増えた。
へらりと気の抜けるような笑みを浮かべる彼女は、誰に対しても危機感を持たず接する。
それは、絶対的強者であるという事実も幾分か含まれているものの、本質の部分が大きい。
瞳をあわせてにっこり笑いかけられて、怯えることも無く優しい言葉をかける。
それまでは生きることに必死で、やっと掴んだ安定。
心の余裕が生まれ、成長していく青年たち。
彼女は、気がつけば、そんな彼らの初恋キラーと化していた。
そんなある日の話である。

「氷雨さん!」

青年が一人、彼女に駆け寄る。
氷雨は首を傾げて振り返り、青年を見てからにこりと笑った。

「どうかしましたか?」
「あ、えっと…マッチさんは何処にいるかわかりますか?」

彼女の笑顔を見て動きを固めた青年は、視線を泳がせてから、そう口にする。
そんな青年の様子に、氷雨はぱちりと瞬いた。
にっこりと笑みを深めて、指を指す。

「あっちにいますよ」
「あ、ありがとうございます…その、氷雨さん、」
「…何です?」
「その、今度、相談したいことがあって、」

耳まで赤くして告げる青年に、氷雨は頷いた。
なら、今度お茶でもしようと提案し、青年と約束をしてからその場を離れる。
その後ろ姿を見送って、青年は嬉しそうに笑った。
小さくガッツポーズまで披露しているが、近くにいるグルメヤクザの舎弟たちは生暖かい瞳を向けている。
そんな視線には塵も気がつかない青年は鼻歌まじりにその場を離れた。
その背中を見送りながら一人がポツリと呟く。

「俺も、あんな感じだったのかなぁ…」

独り言には、即答で返事が返ってきた。
言葉はすべて肯定。
可哀想になぁという言葉まで聞こえてくる。
氷雨が指を指していた方角からマッチが歩いてきた。

「噂をすれば、ってか?」
「マッチさんは何処まで理解してるんだ?」
「さぁな」

部下のヒソヒソとした会話にも軽い視線を向けるだけで。
軽くピアスに触れながら、静かに名前を呼ぶ。

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