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「目が溶けそうだな。」
くくく、と堪えきれないように続いた声に溶けないもん、と返す。
それでも涙は止まりそうになくて、正面のマッチさんが困った顔を浮かべた。
もう一度、ぎゅうと抱きついて、小さな声で続ける。
「でもね、もう、10年も前で、全然覚えてなくて、それなのに、」
帰れるなんて言われても、困る。
覚えていないのに。
…違う、思い出すことが出来ないのだ、親の、友人の、同寮の、顔と名前、話したこと。
記憶がポロポロと溢れていってしまった。
気がつけば、私の今を作り上げているのは、グルメ界の生活と、ネルグの日々だけで。
帰ったところで、馴染むことは出来ないのは目に見えている。
それが辛くて、でも、それ以上に、
「わたしの…私の、帰る場所は、」
マッチさんの左耳に触れて、泣きながら笑う。
「私は、此処で生きたい。マッチさんと、さうと、グルメヤクザの皆と。」
でも、突然私を此処に連れてきた力に、逆らえるとは思えなくて。
訳が分からなくなって、だったら、なんで10年も、って。
一方的続けた言葉にマッチさんはため息を吐いた。
それから、私をぎゅうと抱きしめて、馬鹿だな、と呟く。
「で?お前の問題はそれだけか?」
「…問題?」
首を傾げると、マッチさんがにやりと笑う。
ふわりと重ねられた唇に吃驚して固まった。
すぐに離されたが、もう一度、重なって、今度は深くなる。
「氷雨の問題が片付いたら、俺とのことも考えるってな。」
悪戯っ子のように笑ったマッチさんに、思わず黙り込む。
そんなこと、言ったっけ?
…あ、言ったわ、ネルグでクッキー作ったときのアレだよね。
センチュリースープ取りに行く前のあの事件ですか。
「…片付いてはいないですけど、主な問題はそれです。」