正義 | ナノ



184
しおりを挟む


アルに連れて来てもらった執務室で待っていたのは、“彼”だった。
ある程度の仕事を終わらせたのか、机に頬杖をつきながら反対の手で書類を持って見つめている。
やる気は見当たらないが、その分、色気は非常にある。
排他的な雰囲気がそうさせるのかもしれない。
苦笑しながら降ろしてもらって、そちらに向かって歩いていく。
足音に気がついたのか、それともわざわざ、今気がついたかのように見せたのか。

「氷雨」

ひどく甘い声。
猫なで声とでも言えばいいのだろうか。
とろり、と人工的な、ガムシロップのような甘さだと思う。

「仕事は、終わったのかい?」
「…、」
「その顔は終わってないんだね?まあ、普段抱え込んでいる量が半端じゃないから仕方ないとも思うけれど」
「…あいつの方がいいのか?」
「何を言っているんだい?“君”も“彼”も同一人物だろう?」

小さく笑いながら、彼の隣に回って顔を見ながら、軽く机に腰掛ける。
彼に近い方の手を伸ばして、その黒い髪をゆっくりと撫でた。
立っているせいか硬そうな印象だが、非常に柔らかだ。
軽く首を傾げて、こちらを伺っている彼に笑みかける。

「なぁに?」
「氷雨」

書類を置いて、椅子にもたれかかって両手を広げた彼に苦笑した。
じっとこちらを見つめている彼の目に仕方ないなぁ、と肩をすくめる。
彼の足を跨ぐようにして、その足の上に座った。
背中側…黄金聖闘士たちから困惑した感情が露骨に向けられる。
が、それでも、こうすることに意味がある、と理解しているわけで。
彼は私の背中に片手を回して、反対の手を私の頬に滑らせた。
ゆっくり、その親指で私の唇に触れる。

「口紅がつく」
「構わん…移してくれてもいいぞ?」

妖しく笑うその顔に、私は眉を寄せた。
人差し指をその唇に押し当てる。

肉体関係(それ)は人を繋ぎとめる手段じゃぁない。それに自分を売る(そんな)ことをしなくても、私は側にいる」
「…そうか、」
「君は今のままでも十分魅力的だよ」
「本当にそう思っているのか?」

若干恨めしそうな視線を向けられて、ついつい笑う。
“サガさん”はいつも苦笑か難しい顔しか見ないから、面白い。
体も大きく成熟しているはずの成人男性から、幼さを感じるのは何故だろうか。

[前へ]/[次へ]

[ back to menu ][ back to main ]
[ 番外編に戻る ][ 携帯用一覧へ ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -