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「紫龍君、髪の毛縛らせて?」
甘えた声。
「どうしたの、氷河君?」
甘やかすための声。
「わっ、瞬君!びっくりするでしょ!」
嗜めているのに、柔らかな声。
「一輝君ー?どこー?」
存在を求め、探すための声。
「全く、星矢君ったら」
呆れているのに、受け入れている声。
先日、聖域内で聞こえていた彼女の声は、今まで聞いたことのないもので。
その声を耳にする度に、一つの想いが自分の中で浮かんでは消える。
違うのだ、と誰に言うわけでもなく否定する。
だが、すぐに自分がさらにそれを否定し、その思いを肯定する。
手に入れろ、と、囁く。
それを否定すればするほどに、彼女の声はますます魅力的に聞こえてくるようだ。
いったい何故なのかと自問自答するが、答えは出ない。
申し訳ないという感情か、もしくは支配しろという意志しか見つけられなくて。
連休が終わり、女神とともに帰った青銅は、もう聖域にはいない。
だが、彼女は未だに聖域にいて、以前…来た時のように仕事をこなしている。
「そうだ、カミュ!」
彼女が席を外した瞬間にミロが顔を上げる。
ばん、と机を叩いて、突然立ち上がり、そのままカミュの方へ向かおうとして、気がついたように方向を変える。
「アフロディーテ、今度氷雨ちゃんの夕食の時間一日もらってもいい?」
「突然どうしたんだい?」
「仲良くなるために、親睦会?したいなぁと思って!」
言い切ったミロにアフロディーテは一度瞬いてから考え込むように目を伏せた。
それから、にこり、と笑って首をかしげる。
「なら、私たちも参加させてもらっていいかな?」
嬉しそうに笑ったミロはおう!任せろ、と笑顔を浮かべた。
その様子をただぼんやりと見つめる。
自分の感覚が鈍っているような、自分自身の周りに膜があるような、不思議な感覚がする。
「サガ、お前この間からおかしいぞ?」
「…すまない、少し疲れているようだ」
カノンの言葉にそう返して、今日は早めに休むことにする、と苦笑して席を立った。