ひとり | ナノ



05


彼女と数日過ごして、気がついたことがあった。
それは、氷雨が自分のことよりも俺を優先するということ。
いつだって、何をしていたって、俺が彼女の名を呼べば彼女は近づいてきて微笑んだ。
どうしたの?
優しすぎる声音は俺の今までを総て壊していくようで。
愛おしむような手つきは今までの俺を否定しているようで。
思わず、その手を振り払った。
あ、と思ったときには遅く、彼女は眉を下げて悲しそうに、泣きそうに笑った。
ごめんね、
いつもの凛とした声とは程遠い揺れた声。
氷雨はくるりと背を向けて、それまでやっていたことを再開した。
背中が少し寂しそうに見えて、俺は、泣きそうになった。
声をかけようとしたが、丁度実験の時間になったのか、研究室に連れて行かれる。
嫌、だ。
彼女とはなれるのが怖い。
もしかしたら、今までの世話係のように、変わってしまうかもしれない。
俺が帰ってきたら、もう、いなくなっているかもしれない。
その日、12年間一度も文句を言わなかった俺が、戦いたくないと叫んだ。
残念ながら、すでに研究室に入れられていた状態だったから聞き入れてもらえなかったのだが。
誰もが驚いた顔をしていた。
特に宝条は元より整っていない顔を更に歪めて苦々しい表情。
何人かの研究員は楽しそうにノートに何かを書き込んでいる者もいた。
観察対象でしかない俺は、その様子をみて体中に力が入ったのを感じた。
思わず、奥歯を噛み締めて、短い息を押し出すように吐く。
ああ、文献で読んだ、きっと、これが”怒り”なのだ。
その日の実験は今までと違ったデータがとれたそうで、研究者たちはかなり喜んでいた。
そして、いつもより長い時間拘束されていた俺は駆け込むように部屋に帰った。
扉と開けた瞬間に広がった、食事の香り。
え?と弾かれたように室内を見れば、氷雨が、食事を二人分用意して座っている。
俺に気がついたのか、彼女は優しく笑った。
おかえり、てあらっておいで、ごはんにしよう

わからなかった、ただ、どうしようもなく、目が熱かった。


『どうしたの?どこか怪我したの?』
(焦ったように駆け寄ってきた彼女に思わず抱きついた。)
(その腕はとても柔らかくて、いい匂いだった。)

「今日から一緒に暮らせるんだって。」

[前へ]/[次へ]

[ back to menu ][ back to main ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -