Agapanthus | ナノ



06


パーティーが始まった。
新郎新婦が親しい人のためだけに開いたのだ、という言葉通り、招待された客は本当に少なかった。
20人程で満員になってしまう喫茶店なのにも関わらず、店主たちの分の空席があるといえばわかるだろうか。
もちろん、新郎新婦も数に含まれている。
カウンター席が半数近いので、椅子だけを利用した半立食形式で、中央にまとめられたテーブルの上には店主が料理人の実兄から習ったという見た目も一級の料理が並んでいる。
どうしてこの料理が普段喫茶店で振舞われないのか、と苦言を呈す常連が多い中、店主はあっけらかんと主にコストのせいですね、と返していた。
補足しておくと、新郎新婦共に出会いがこの喫茶店というだけあって、このパーティーにいるのはほとんど、基、江雪以外は全員常連だ。

「ほう?ならば支援してやろう…好きなだけ書くといい」

穏やかに笑いながら、何も書かれていない小切手を差し出す一人の美丈夫の常連に店主は首を左右に振った。

「月さんのその冗談はシャレにならないんですが!ちょ、そこ!鶯さんも虎さんも!あああ、獅子さんまで何やってるんですか!白い小切手とか怖いんでいりません!ていうか、現代日本で小切手とかなにそれ」
「そういえば氷雨のお祖父さんは俺の友達はすごいぞーってよく言ってたよね…」

友人であり、学生時代にこの喫茶店のバイトであった日華はしみじみと思い出すように告げた。
祖父の友人の子供や孫がこの店の常連なのだ、もう諦めるしかない、と店主が遠い目をする。

「あっ…なんか店閉めなきゃいけない気がしてきた…やめて現実は思い出したくない…ここには鳥さんや動物さんやお月さましかいないの、大丈夫…大丈夫よ、氷雨」
「っふ、久しぶりに、ふふっ、見たわ、その状態の氷雨。あっはっは、なっつかしい」

現実逃避を始めた店主の隣で遠慮なく笑うのは彼女の親友であり、昔からその姿を見ていた女性だ。
何をどう丁寧に伝えたところで大爆笑だ、決してお淑やかな笑いなどではない、インターネット上であれば大草原とも表現することができるだろう。
常連たちも見慣れたものなのだろうか、どこからともなく笑い声が響く。
一通り現実逃避し終えた店主はため息交じりの深呼吸をひとつ、それから、よく聞かされた一言を小さく口に出して、一拍おいてからふにゃりと笑み崩れる。

「まあ、皆様常連さまですから…予約制で承りますよ。ただし一週間前には必ず連絡してくださいね」
「よっしゃぁ!毎年俺たちの結婚記念日はよろしくな!」

一番最初に声をあげたのは、新郎だった。
その反射神経に、店主の親友は盛大に吹き出して肩を震わせて、その隣にいる店主もぽかん、とした後堪えきれないというように笑い始める。

「予約早い、たまにはもっといいところでお食事してくださいよ」

店主はくすくすと笑いながらも席を立ち、メニューが書いてあるホワイトボードを綺麗にして、ペンを取った。
お食事予約、と題名を星で挟んで、その下に毎年ご予約、と書いてから振り返る。

「お日にちは?」
「ノリノリじゃねーか、まあ本気だからいいんだけどよ…式から今日までの日曜で!」
「はいはーい」

店主はあはは、と明るく笑いながら、じゃあ、来年近くなったら詳細決めましょうねぇ、とペンのキャップを閉じた。
と、突然そのまま手を伸ばし、何かを押す。
突然鳴り始めた音楽に合わせて、カウンターの奥から一人の男が顔を出した。

「全く!遅いぞ!」
「ふふ、ごめんなさい、鶴さん。皆さんとのお話が楽しくて」

出てきた男は何を言うでもなく自分に視線を集中させて、手品を始める。
基本的には小さいテーブルマジックのようなものばかりであったが、それでも全員を惹きつけた。
そっと彼は日華の手を取って、手元で流れるような驚きを広げる。
目を奪われた彼女はただただ彼の動きを追う。
まるで恋でもしているように、その男にしては細く指先まで綺麗に整えられているその手を追いかけて、一連の流れが終わるまで、熱視線を送った。
最後の驚きを提供すれば、日華の顔は無邪気に彩られて、親友でさえめったに見られない満面の笑みを作り出している。
その瞬間、鶴が戸惑ったように固まる。
だが、マジシャンの矜持だろうか、にこり、と笑みを浮かべてすぐに新郎新婦の前へ向かい、彼自身も楽しんでいるのがわかる表情でショーを続けた。
音楽が終わるのと同時に恭しく礼をした彼に拍手が響く。
顔を上げた鶴は嬉しそうに、新郎新婦に向かっておめでとう!と声をかけた。

「どうだ、驚いたか!」
「鶴!お前、来れないとか言ってたじゃねーかよ!」
「何もしない招待客としては遠慮したくてなぁ…氷雨に頼んで手伝い側に回らせてもらった」
「…サプライズしたいという割には受付中の私にところに平然と出てきたりしてヒヤヒヤしましたけどね」

鶴らしい、と誰かの声が響き、言われた本人も楽しそうに笑みを浮かべる。
誰しもが幸せに満ちた表情で楽しそうな会話が続けられるが、ふとした拍子に新郎が声を上げた。

「あ、氷雨!明日休みだよな?この後うちで飲み会するから、来いよな!」
「えっ、ちょっ獅子さん?!」
「つってもここにいる全員が乗れるくらいの迎えはもう頼んであるんだけど」

悪意のない笑みで言い切ってから、ばみには学校があるだろうから好きにしていい、とだけ声をかける。
手伝いの一期が困惑した表情をしているが、獅子にとっては関係ないのだろう、成人は全員参加するように、とだけ告げた。

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