Agapanthus | ナノ



05


その日は朝から忙しかった。
理由は簡単、喫茶・紫君子蘭でパーティーが開かれるからだ。
店主は夕方から開かられるパーティーのために料理や飲み物の準備をしたり、同時に店内の飾り付けをしていた。
もちろん一人ではどうにもできないこともあり、バイトの少年にも手伝ってもらっている。

「あ、苺さん、それはこっちにお願いします!ばみ君、そこお願いね!」
「これ、ですか?わかりました」

ばみ君と呼ばれるアルバイターの兄である、一期が手伝いに来ているのはいろいろな理由からだ。
例えば、弟のシフトの融通を利かせてもらっているだとか、弟の賄いを無料で提供してくれているだとか、アルバイトしている弟ではない方の弟や彼の家族がよくこの喫茶店で割引してもらっているだとか、自分自身が利用するときは必ずサービスしてもらっているとか、そういった理由だ。
喫茶店側として行動できるのはこの3人のみ、客がそれほど多くないことが救いだろうか。
準備がそろそろ終わる、というときに主催者である新婚夫婦が到着した。

「今日はありがとうな!俺スゲェ感謝してんだぜ!」
「ふふ…獅子さん、おめでとうございます」

金髪の青年に笑いかけた店主は、すぐに打ち合わせを始める。
慌ただしい準備を終え、店主は受付代わりに出入口に立つ。
服装は半袖の白いYシャツに、少年のエプロンと同じ深い茶色のズボン、それから黒のソムリエエプロンだ。

「あ!日華!と…そちらは同僚さん?」

コクリと頷いたのは、シンプルな薄い空色でオフショルダーのAラインのワンピースに、アイボリーホワイトの半袖のボレロの女性。
その隣にはシンプルな白のYシャツに、アイスブルーのネクタイを締め、グレーのベストを着ている男性。
ズボンには、まっすぐと線が入っており、長い水色の髪は首元でひとつに縛られている。
その二人を見ながら、店主は手元のリストに視線を落とす。
依頼主の先輩であり、自分自身の親友、それからその同僚のところにラインを引いて、名前を確認する。

「あれ?江雪は此処に来たことなかったっけ…?」
「ええ…ありません。初めまして、店主殿…佐々江、雪之進と申します」
「初めまして、雪さん。私はこの紫君子蘭の店主、氷雨です」

名前を縮められて呼ばれた江雪はゆっくりと瞬く。
その様子に隣の同僚が小さく笑った。

「このお店はね、基本的にあだ名で呼ぶのよ。私と彼女と数人は例外だけど」
「あら?日華は別にあだ名でもいいんだよ?」
「遠慮しとくわ、あ、これ二人分の会費ね」

手に持ったクラッチバッグから封筒を取り出し、店主に差し出す。
それを受け取って中身を確認した店主は、店の中を覗き込んで、ばみくーん、とバイトの少年を呼んだ。
だが、出てきたのは店主とほとんど同じ服装の水色の短髪の青年だったので、店主は目を丸くしてその姿を認めてから声をかける。
彼は長袖を着ており、袖を織り上げているのだが、そんな彼をじっと日華が見つめる。

「苺さん?」
「あっ…もしかして、ばみ君のお兄さんの?」
「あれ?知り合い?今日人手が足りなくてお手伝いしてくれてるの。日華の案内お願いしてもいいですか?」

前半は親友に、後半は一期に、店主は問う。
二人は顔を見合わせて、じっと見つめあっており、店主の問いなど聞こえていないようだった。
そんな二人に、はあ、と肩をすくめていれば、店内からひょっこり、と紺のスーツを着た男が顔を出す。
江雪がその男を目に留めて、驚いたように店主に近寄った。

「何故…五条殿が、」
「あれ?雪さん、鶴さんのお知り合いですか?」
「ええ…まあ」

言葉を濁す、というよりもどこか眉を寄せて、ただ不快なわけではなく、単純に会いたくなかったようだ。
そんな彼に気がついたのか、鶴はパッと顔を上げて、ああ!あそこの!と楽しそうに告げる。
だが、すぐにその視線を店主へ向けて、確かめたいことがあるんだが、と真面目な顔で声を潜めた。
店主はそれに頷いて、ばみ君呼んできてもらっていいですか?と柔らかく笑む。
頷いてすぐに踵を返した鶴を見送ってから、その表情のままに店主は江雪を見上げる。
驚いたようにしてからサッと視線を逸らした江雪は一拍おいて深呼吸をしてから、ぎこちない笑みを浮かべて店主を見返した。

「少しだけ待っててもらってもいいですか?」
「ええ、構いません」
「ありがとうございます」

じゃあ、また来てもらえるようにうちの看板メニューをお勧めしておきますね!
いたずらっ子のように笑う店主に押されるように頷く江雪。
二人が5分ほど話をしていれば、奥から白い髪の少年が出てきて、店主と場所を変わる。
店主は辺りを気にせず話し始めていた一期と親友を店内に押しやりながら、江雪にご案内しますね、と笑いかけた。

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