Agapanthus | ナノ



03


「ああ、ここだ」

少し高めの声が響く。
あたりはちょうど日が傾き始めたくらいだろうか。
少しだけ吹いてくる風が、街路樹を柔らかに揺らす。
駅の中でも大抵の人間の待ち合わせ場所となる改札前。
明るめのグリーンのワイシャツに、黒のネクタイを締めて、黒いスーツを着こなしている緑色の髪の青年。
黒い革靴は綺麗に磨かれており、手には指先と手の甲を半分ほど覆うハーフスクープグローブ、と言っただろうか、それをつけている。
口元にゆるりとその手を寄せて、くつりと笑いながら反対の手をゆらりゆらりと動かした。

「鶯さん」

鶸萌黄のドレス、よりもシフォンワンピースに近いそれを着ている店主は自身の服の裾と同じようにふわり、と笑う。
ハイネックのアメリカンスリーブでウエストが高めの位置にあるせいか、それとも高いヒールのせいか、そのどちらもなのかもしれないがすらっとした印象だ。
しかし、彼女の身長は鶯の背丈には届かず、並んだ所で10センチは違う。
視線を合わせながら、白い上着の襟元を調え、クラッチバッグを左手に持ち直した。

「鶯色は取り入れなかったんですか?」

くすくす、といたずらっ子のような笑みのまま、男の顔を覗き込む店主。
店主の左側に立ち、半歩先をゆっくりと歩く彼は小さく微笑んで首を軽く傾ける。
ふわりと鶸萌黄の前髪が左目の前を横切った。

「ああ…君ならきっと鶸萌黄を身につけてくれると思ったからな」
「…ずるいですね」

負けました、と口にしながら、店主はそっと彼の右腕に手をかける。
余裕をにじませて、まあな、と笑った彼は、駐車場の方へ向かう。
一つの光沢のあるグリーンの車に近づいて、鶯はその車の扉を開ける。
真横ではなく若干上に開く扉と、二人乗りの革張りの内装、微笑みと目線で乗れと訴えられた店主は恐る恐る脚を踏み入れる。
店主は車に詳しくないせいでどんな車なのかはわからなかったが、間違いなく高級なそれだと気がついた。
彼女に詳しく見るだけの余裕があれば、エンブレムやタイヤホイールに目を向けられたのだろう。
だが、生憎と店主は鶯にエスコートされることに必死だった。

「車…持っていらしたんですね」
「ああ、あまり乗らないが…包啓に勧められてな」
「…かねひろ?」
「ああ、俺の兄弟だ」

あまり乗らない、というものの手慣れた動作で車を発進させる。
口元に笑みを浮かべながら、丁寧な運転を続ける彼は、10分程度の運転で目的地へ到着させた。
駐車場の入り口には警備員のような反射板をつけた男が数人立っており、インカムを使ってやりとりしているようだ。
彼らの指示に従うと、奥の方へと案内される。

「ここから右に行った一番奥に止めてください!」
「ああ、わかった」

声を張り上げる青年に頷いて、指示通り車を進ませる。
と、子供が飛び出してきたことでかけられた急ブレーキと、それに合わせて店主の前に出される彼の左手。
目を見開いた店主の顔を鶯は眉を下げて見つめる。

「すまない、大丈夫か?」
「あ…はい。あっありがとう、ございます」

じわじわと耳を赤く染める店主は恥ずかしそうに視線をそらす。
それをじっと見つめてから、そっと手をどかし、子供とその親が通り過ぎたのを横目で見送った彼はもう一度今度はしっかりと駐車場の方へ視線を向けた。
小さく目元を染めながら、指示された奥の白線内に止めるため、その手を助手席のシートに置き、首をそらす。
普段は見えない右目が、ちらり、と店主の方へ露出する。
キラリと輝くピアスは品良く鶯の色気を増しており、店主はごくり、と喉を鳴らしてしまう。
一発で車を入れた彼はそのままの体勢で、正面を向く前に店主と目を合わせた。

「言い忘れていた…氷雨、とてもきれいだ」

口角を少しだけ上げて、目を細める丁寧な微笑み。
今度こそ固まった店主に堪えきれないというように吹き出した彼は、車から降り、助手席側に回る。
扉を開いて、彼女に覆いかぶさるようにそのシートベルトを外し、されるがままの彼女の手をとり、エスコートを始めた。
と、会場の入り口に着く、というあたりで店主はハッと声を上げる。

「あ!鶴さんへお花持ってくるの忘れてしまいました」
「ああ。それなら、俺と連名ですでに送っておいた」
「えっ、ありがとうございます。後で半額お支払いしますね」
「まあ、細かいことは気にするな」

軽く肩を竦ませた彼は、カーペットの上をゆっくりと歩きながら、そういえば今日はアイツの結婚式らしいな、と彼女に話を振った。

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