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店主はデニムに白のシャツを合わせて、その上に深い青色の薄手のパーカーを羽織っている。
足元はたくさん歩くことを考えてだろうか、明るい水色のスニーカーだ。
パーカーとスニーカーの間の色のストールを首元に巻きつけて、バラ園の入り口に立っていた。
「あの、」
「…?あ、雪さん…ふふ」
後ろからかけられた声に店主は振り向いて、思わずといったように笑う。
ゆたり、と目を細めて何処か可笑しそうに笑う江雪がそこにいた。
デニムに白のシャツ、その上に薄手の青いカーディガン。
前は留めておらず、鎖骨までが綺麗に見えた。
長い髪はいつもの位置で一つにしたあと、軽くお団子になっている。
ただ、全てを巻くと大きくなりすぎるのか、腰くらいまでの長さはそのまま肩に流されていた。
足元は、彼も歩くことを考えていたのだろうか、薄い青のスニーカーを履いている。
「お揃いですね」
「ええ…そのようです」
では、行きましょうか。
浮かべた笑みをそのままに、江雪は入り口の方へと顔を向ける。
入場ゲートの向こう側にバラで出来たアーチが見えていた。
店主は、慌てて財布を取り出そうとするのだが、江雪はそっとその手を上から押さえる。
「入場券はもうありますので」
「え、あ、ありがとうございます!」
一瞬虚をつかれたような顔をしてから、店主は笑う。
そのまま頭を下げて、顔いっぱいに笑顔を浮かべた。
二人は隣同士に並んで、ゆっくりとゲートを通り抜け、アーチをくぐる。
「わ、すごい」
「ええ…本当に、」
一面に広がる美しい薔薇とそれに色を添える季節の花々。
どこかうっとりと目を細めた彼女を横目で見た江雪は楽しそうに口元を綻ばせた。
すぐに澄んだ瞳を花へと戻して、彼をよく知る人間たちからすればひどく嬉しそうに辺りを見回す。
ふ、と気がついたように店主の肩に触れた。
「?」
「あちらに」
「迷路…?すごい、楽しそうですね!」
行きましょう!と破顔した店主は江雪の手を取って走る。
驚いたようにしながらもその足についていく彼は、瞳を輝かせて、ぐん、と足を前へと出した。
長い脚はすぐさま彼女を追い抜いて、迷路の入り口へ彼女を連れていく。
「共に、参りましょうか」
「はい!」
二人は楽しそうに足を踏み出す。
入り口はまるでアリスの世界に入ってしまったかのような、美しい庭園。
ティーセットの置いてあるテーブルには EAT ME と書かれたレジン加工されたクッキー。
座っているのは、白いふわふわの衣装を着たウサギ…を模したのだろう係員。
「こちらをお持ちくださいませ」
差し出されたクッキーを受け取って、二人は係員の指差した入り口へと向かう。
二人は顔を見合わせて、どちらともなく笑み崩れる。
つまるところ、こういう演出が好きなのだ。
「この中に入るのがより楽しみになってきました」
「ええ…この先には、どんな…演出が、あるのでしょうか」
「ふふ、今日は誘っていただいて本当にありがとうございます」
目一杯楽しみましょうね!笑う店主に江雪はしかと頷く。
手を繋いだまま二人は迷路を進み始めた。