Agapanthus | ナノ



12


「いらっしゃいませ…あら、雪さん」

からん、と入り口の鐘を鳴らして扉から姿を見せたのは、江雪だ。
パーティーから既に2週間ほどが経っており、そのほぼ毎日この喫茶店に姿を表している。
常連の仲間入りを果たした彼に、何人かは笑って、何人かは渋い顔をした。
だが、それが人となりなどではなく、私生活に関わる方面だと判断した店主は誰にもそれを話しはしない。
誰も口にしないけれど、そんな店主だからこそ、この店の常連たちは安心してこの場所に来られるのだ。

「今日もおつかれさまです。何にされますか?」
「そうですね…では、レモンティーをいただけますか」

アイスブルーのワイシャツにグレーのベストを重ね、紺と白のネクタイ。
白のスラックスの江雪は珍しく眼鏡をかけており、疲労している表情を少しだけ和らげた。
そこにアルバイトの白い髪の少年が現れて、江雪のよく好んで座る席に彼を誘導する。
と、少年を見て何か気がついたように店主が声を上げた。

「ばみくん、今日はずおくんが来る日じゃない?」
「あ…」

ぱちり、と瞬いた少年に笑った店主は、じゃあ、雪さん案内したら上がっちゃって、と告げる。
小さく頭を下げたアルバイトは、江雪に一度ちらりと視線を向けてから、その場を離れた。
バックヤードへと消えた少年を見送って、江雪は視線を店主へと向ける。
楽しそうな表情で、紅茶を入れている。
その服装は、いつかのパーティーと同じもので、表情は楽しそうに笑っている。

「あなたは、とても…楽しそうですね」

聞き方によっては嫌味に響いてしまうだろう言葉と、告げ方。
だが、店主は特に気にしないのか、それとも気がついていないだけなのか、パチリと瞬いてから首をかしげた。

「雪さんは、楽しくないですか?」
「…ここへ来るのは…楽しい、のでしょう…ですが、」

眉を軽く寄せて、はあ、とため息をつく江雪。
女性的な色香すら感じさせるその様子に、その近場に座っていたガタイのいいオレンジ色の短髪の男が笑った。
店主は不思議そうな瞳をそのままそちらの男へと向ける。

「岩さん?」
「いやなに、父親によう似ている、と思っただけだ」

がはは、と笑い飛ばした彼に眉をひそめた江雪はサーブされたレモンティーに視線を落としながら、もう一度ため息をついた。

「そう…ですか……」

江雪の不思議な色合いの声が小さく響く。
何度か瞬いてから、ゆるり、と顔を上げて、岩さんと呼ばれた男へと視線を向ける。
が、近くに店主がいることを思い出したのか、視線を店主へと戻す。
大きめだが、すらっとした美しい手を持ち上げて、そのピンと伸ばされた人差し指を口元へ寄せる。
流し目まじりに、“内緒”のポーズをされた店主は、壮絶な色気に当てられながらも、無理やりに視線を外してキッチンの方へと向かう。
胸の上に手を当てて、深呼吸を繰り返すその耳は少しだけ赤い。
軽く頭を振った彼女へ声をかけるのは、バックヤードから戻ってきたアルバイトだ。

「氷雨さん」
「あ、ばみくん、お疲れさま!座って待ってなよ、何か食べる?」
「ああ…パンケーキが食べたい」

少しだけ頬を緩めた彼に、店主は任せて、と頷く。
すぐに調理を始める彼女の視線は一度だけちらり、と江雪の方へと向けられる。
どこか張り詰めたような真剣な表情を見て、少しだけ残念そうな顔をした店主は一瞬動きを止めた。
それから思いついたように、一度小さく笑ってから、注文されているパンケーキ作りに集中する。

「はい、ばみくん、クリーム多めにしておいたよ」
「あ…ありがとう」

そんな会話をしてから、店主はもう一度江雪たちを確認し、穏やかな表情に変わっているのを見てから、その二人へ先ほど作ったパンケーキを差し入れたのだった。

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