Agapanthus | ナノ



10


店主が新郎新婦に呼ばれ話をしているうちに、鶯と日華はそれぞれ他の招待客と話をしていた。
一期と日華が話しているのを一度だけ確認して、ずっと話し続けているらしい江雪と鶴に彼女は近づく。

「君も大変だな、どうするんだ?」
「…元より、選択肢は一つしかありませんから」
「なら、今回はちょうど良かったんじゃないか?」

二人は部屋の端に立ったまま、話をしている。
壁に背中を預けて、肩をすくめたような体制で鶴は瞳だけを部屋の中心へと向けている。
隣に立つ江雪はむしろ壁の方へ視線を送り、その表情は憂いに満ちたまま嫌だと言いたげな口調で鶴へと返していく。
驚くほど無表情に会話を続ける二人に店主は視線を向けて、どうしたものかと首をかしげる。

「株主様の指示には…逆らいませんよ」
「俺は指示するつもりなんてこれっぽっちもないけどな」

二人の会話はただただ淡々と続けられていたが、カウンターの内側にいる幼馴染が飲み物を二つ指差す。
その意図を正確に理解した彼女はその二つのグラスを手にとって、全く何も聞いていないかのように、店主は笑いながら二人に近づいた。

「お二人さん!強面のバーテンからのお勧めですよ」

ニコニコと笑いながら二つのグラスを差し出した店主に、鶴はにっと笑みを浮かべてグラスを一つ受け取るために手を伸ばす。
ありがとな、とそれを手に取った鶴は、部屋の中心へと足を進めた。
その場に残された江雪はぼんやりと店主の顔を見つめ、それからそのままの流れでその手にあるカクテルへと視線を落とす。

「雪さん、どうです?身内贔屓抜きにしても、なかなか腕のいいバーテンですから味は保証しますよ」
「ええ…いただきましょう」

丁寧な動きでグラスを受け取った江雪はふわりと微笑んで、どことなく疲れたような印象を一掃する。
店主はそれを目にしても突っ込むことはなく、ただにこやかに先ほどしていただろう話とは関連の薄い、それでも共通の話題について持ち出す。
江雪の隣に立った店主は視線を合わせずにただ、声にはより一層の表情を出して言葉にする。

「そういえば、日華とは同期なんですか?」
「…私の方が数ヶ月後輩ですが、同期として扱ってもらっていますよ」

ゆったりした口調で告げる江雪は話題の中心である同期に視線を向けて、その表情を少しだけ穏やかなものへと変えた。
それから彼女の手の中にある白い一輪のバラを見つめてぽつり、と呟く。

「恋をするには若すぎる…とはいえ、五条殿と…彼女は、それほど年が離れていないように思いますが」
「ああ…雪さんはそっちでとられたんですね」

なるほど、と頷いた店主は江雪の方を見つめてにっこりと笑みを浮かべた。
その反応に驚いたのか、少しだけ目を開いて、すぐに首をかしげる。
さらさらと縛られた髪が宙をくすぐり、キラキラと光を反射させている。

「あなたは、違うのですか?」
「白いバラはまあ…鶴さんだから、というのもあるでしょうが…いつもは尊敬する人にだけ渡していますから『尊敬』の意味合いでしょう。でも、今回は一輪だけ…つまり『一目惚れ』として渡したのであれば…」
「一目惚れにつなげるのなら…『相思相愛』『恋の吐息』でしょうか」

店主の言葉を拾い、続けるように江雪は穏やかな表情のまま口にする。
その返しに驚いたように店主は江雪をまじまじと見つめる。

「詳しいのですね」
「ええ、まあ…」
「お花、お好きなんですか?」

にこり、と笑いながら店主は問いかける。
聞かれた江雪は一度瞬いてから、じっと店主を見つめた。
何か言おうとしたのか、軽く開きかけた口を動かし笑顔に変える。
柔らかく頷いた江雪に対して店主はニコニコとしたまま言葉をかける。

「素敵ですね」
「…女々しい、とは言わないのですか?」

江雪の言葉を予想していなかったのだろう、きょとんとする店主は首を傾げてパチリパチリと瞬いた。
問いかけの意味がよく分からないと言った表情に、軽く目線を逸らした江雪は少し照れたような顔をしてから、そうですか…と笑った。

「あなたも…花はお好きですか?」
「ええ、好きですよ」
「…街の薔薇園に、行ったことはありますか?」

どこか期待するような瞳で伺うようにそうっと視線を店主へと向けた江雪に、店主は少し迷うように視線を走らせてから最後に江雪を見つめ頷いた。
その返事を確認してから江雪は深呼吸し、店主をまっすぐに見つめる。

「もし、よろしければなのですが…」

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