笑顔
三ヶ月程、転々と暮らした。
多分山賊だろう存在から色々奪って、顔の上部を隠す仮面を作る。
それをつけていれば、目の色がわかりにくくなり、警戒される程度に変わった。
二つの武器は、仮面を作ってから定期的に鍛冶屋に持っていっているため、不備はない。
そんなある日だった。
訪れた街の住人が、色々な荷物を持って、家を捨てている。
不思議に思いながらも、聞き耳を立てるだけで、話しかけはしない。
「曹操」
「ついて行く」
「逃げる」
「追いかけてくる」
「劉備様」
統合して考えると、長坂の戦い、らしい。
あの、趙雲の伝説…になるアレだろう。
特に何も思わず、ふらりと歩き続けた。
と、明らかに様子の可笑しい女性がいる。
放っておこうかとも思ったが、私の視た限り、それはよく無さそうである。
「…どうした?」
「あ…我が子が、いないのです」
淑やかな女性だ。
その子供の年の位を聞けば、10で女官と一緒にいる筈だと答えた。
探すのを手伝おうと申し出ると、彼女は嬉しそうに笑う。
久しぶりに、人らしい顔に会えた気がする。
思わず、言葉に詰まって、そのまま踵を返した。
人がまばらになった街は探しやすい。
元々視る能力に適しているのだ。
じっと落ち着いて、探す。
どうやら、ここより北の集落にいるらしい。
伝え方を考えなくては、信じてもらえないだろう。
そう思いながらも、先ほどの女性を捜す。
だが、その瞬間、視えてしまった。
ここに、魏の兵士たちが近寄ってきている。
それから、子供の方は、もう大丈夫そうであることも。
「…間に合うか?」
いや、間に合わせる。
私に笑顔を向けてくれた人だ。
私の青い目が見えていなかったとは言え、警戒されても可笑しくない人間なのに、である。
彼女の元に戻ると、既に魏軍の兵士たちがいた。
思わず舌打ちをしながら、彼女の腕を引く。
「あなたの子供なら、白い馬に乗った槍使いが助けている」
「ッ?!」
「信じなくてもいい、だが、私は無理矢理にでも、あなたをその者の元へ連れて行く」
彼女の身に纏っているもので大抵のことはわかる。
偉い人であり、長坂で子供がいなくなった。
甘夫人、なのだろう。
驚いたような顔をする彼女の腕を引き、道を視る。
走り出した私に引っ張られながらも、彼女は走り始めた。
「私は、信じます。あなたの言葉を」
驚いて振り返る、そこには。
笑顔安心したようなその言葉と表情。
私は何も答えず、唇を噛んだ。