軍師
そうだ、と無精髭の男が、遠慮がちな笑みを浮かべた。
眉が下がっており、ご機嫌伺いのような印象が出ているが、決してそうでは無いだろう。
「俺は徐元直。ええと…よろしく」
「あっしはホウ統、字は士元だよ」
「…李雪だ、氷雨で構わん」
「仲良くしてくださいね?」
言いながら、軍師がくすくすと笑う。
はあ、とため息を吐きながら、そちらにちらりと視線を向けた。
「わかりましたか?」
「わかりましたかじゃねーよ、面倒くせえ、私は頭を使いたくないんだが」
ふふっ、と上品ささえ感じさせるように笑う臥龍。
軍師と仲良くしなくてはいけない理由はただ一つ。
私は、通常の将ではない、ということだ。
「ですが、向いてるとは思いますよ?」
「そもそも軍師には後継者がいるだろ?そいつはどうしたよ?」
「姜維ですか…彼は、軍師には向いていますが、外交は向いていませんし」
「それをなんとかするのが、師匠であるお前の仕事だろうに」
はあ、とため息を吐いて、わかった、と続ける。
にっこりと笑う彼が、羽扇を揺らめかせた。
「あっしとしては、お前さんの変わり身の方が驚きだけどねぇ」
「…目的が定まったからな、あと、元々私はこんな性格だ」
言いながら、後ろに結んである紐を外す。
頭のいいこの男たちは、多分、石を投げてくることは無いだろう。
仮面を手に取りながら、目を伏せる。
髪を掻き上げて、ゆっくりと目を開いた。
「この目さえなければな」
気味が悪いのだろう、息を飲む声が聞こえる。
すぐに仮面を戻し、後ろでいつも通りに縛った。
前髪を下ろしながら、目が隠れるように調節も行なう。
突然のことに動きが止まっている彼らに対し、口元で苦笑を作ってみせた。
「この目の原因は、呉の巫女姫さ。あの女は欲しいものを手に入れるためなら、何をも犠牲にする」
彼らの顔が一瞬にして変わる。
ここから、本題である。
「そういえば、言っていましたね」
「ああ、色狂いの巫女姫なら、趙雲殿辺りは確実だろうな、あとは軍師の弟子」
「それならば、関索と元直もでしょうか」
「ああ、軍師も気に入られるかもな、顔自体はいいだろ?性格に難ありなだけで」
「あっはっは、きっぱり言うねぇ」
鳳雛の言葉に肩をすくめる。
実際そうだろう。
その性格の部分さえ気をつければ、何とかなる。
と、ふと気がついた。
「そうか。二喬だけでは、足りない。だが、恋敵が増えるとなれば、巫女姫の意見を踏み潰す、か」
「…それは、まさか」
「男たちは巫女姫に取り入って、呉に居場所を作らせる約束でもしておけ」
ただそれだけでいい。
そうすれば、赤壁を降伏すれば、巫女姫を争う恋敵が増える。
だが、戦ってその隙に蜀が土地を得れば、恋敵は遠く離れるのだ。
つまり、その戦いに向けるための小さな布石は私や星彩殿が撒く。
そこまで考えていれば、臥龍が笑った。
軍師ほら、やはり、そういうのが向いているのですよ
男の言葉に思わずひくりと頬を引きつらせた。