教師
怒ったらしい彼は、私を引っ張った。
そのまま、何故か抱きしめ始めて、ぽかんとする。
いや、どうしてこうなった。
よくわからないのだけれども、どういうことだろうか。
「馬岱殿…?」
「どーしてそんなこと言っちゃうんだか!」
「え?…いや、人間とは利己的で、異質を排除しようとする生き物だろう?」
告げれば、怒った声が近づく。
近い。
これは顔を上げたら目の色がバレる近さである。
元々仮面で見えにくくしているだけであって、露出はしているんだって。
とはいえ、再会した幼子を抱きしめるようなぎゅーと言う感じなので、顔を上げる必要もないのだが。
頭だけがせわしなく動く。
それは、多分、久しぶりに人に抱きしめられたという事実にテンパっているからだろう。
「どうしてこうなった?」
私の言葉に彼は腕の力を強くしただけで何も答えない。
えーっと、うーん、どうしろと?
背中を何度か軽く叩かれ、何か言いたいらしいとは伝わってくるが、この状況では顔が上げられない。
場違いに安心感を感じている自分が憎い。
それ以上に落ち着かなさも感じているのだが、それは今は置いておく。
そろそろ戸惑いが隠せなくなっている気がする。
「馬岱殿、李雪殿が困っておられる」
案の定だ。
どうやら世話焼きな方が気がついてくれたらしい。
ホッとしながらも、全く緩まない腕に困惑する。
「先ほどの言葉は撤回する」
「…だめだよ、それじゃあ」
悲しそうな声に眉を寄せた。
面倒くさい。
抱き込まれている腕を出しながら、従弟殿の首に絡める。
そのまま後頭部を引き寄せ、頭を下げさせた。
身体が若干離れる。
それから、首を少し動かして、彼の耳に齧りついた。
流石に歯を立てて、血を出すのは如何かと思ったので、若干痛いだろう程度だ。
ビクッ、と身体が動いた彼の隙をついて、腕をぬけ出す。
と、後ろにいたらしい、青年に引っ張られた。
「李雪殿、大丈夫ですか」
「…問題ない、君は?」
「趙子龍と申します、どうぞ、子龍と」
「子龍殿、でいいのか?」
「いえ、子龍でかまいません」
何だこの感じ。
思わず眉を寄せて、顔をじっと見つめたいが、近い所為でそれもできない。
期待している何かを感じる。
私に一体何を期待するのか、と思わないでもない。
「なにか、目的でもあるのか?」
「あなたの世話係ですから、親しくして頂けると嬉しいです」
「世話係…確かに必要か、よろしく頼む」
人間と関わらなかった所為で、生憎と礼儀作法とかわからないし。
そういえば、確か、槍の扱いを覚えろと言われた気がするな。
「ああ、槍を得物としている人を紹介して欲しい」
「それなら、私がお教えします」
「…よろしく頼む」
教師キラキラと輝いた目を見て、ああ、と納得した。
そういえば、無双の彼は子育て将軍だったはずだ。