利用
私の笑い声に驚いたらしい、彼は弾かれたように私を見た。
「お優しいことだ。だが、私はもうその感情を感じることができない」
「そんなことないよ〜、あなたは淋しいんだ」
その言葉には、色々詰まっていた。
本当にお優しいことだ。
そう思いながら、彼にだけ聞こえるような声で告げる。
「例えそうでも、認めるわけにはいかない」
違うか?
そう続けて、緩んだ拘束から腕を抜いた。
傷ついたような、諦めたような、色んな表情が混じり合った顔に苦笑する。
「お優しいことだな、」
もう一度そう言って、その俯く顔を見上げた。
異国風の顔立ちは、距離を置かれたこともあるかもしれない。
それから、私の記憶が正しければ、一族が皆殺しにされているのだろう。
馬超と二人で生き残っている。
淋しいなどと、言えるはずがない。
辛いと、泣けるはずもない。
器用であり不器用なのだろうと、想像がついた。
「なら、思い出させてくれ。人間とは、どんなものなのか」
「…もちろん、まかせといてよ〜!」
驚いたように、しかし何処か嬉しそうに。
その顔を見ながら、きっと、彼は私が人間に戻れば、昔の自分を救えた気になるのだろうと理解した。
だが、実際は彼本人が救われなくては意味がないのだ。
「ああ、頼む」
人間に戻る、とは今日まで考えもしなかった。
ただ、人間に戻ってしまえば、孤独感に耐えきれなくなって、壊れるだろう。
それはわかっている。
わかりながらも、何を言っているのか、と小さく笑う。
動きが止まった彼は、私に腕を伸ばし、そっと撫でた。
言葉を失い、更に後ろの武将たちに視線を向ける。
が、彼らも驚いたような顔をしていて、役に立たないらしいと判断。
「敵ではないとは言え…この対応は?」
「だって、李雪殿が淋しそうだったから」
「…そういうものか」
淋しかったのは、彼だ。
ならば、私は、彼に与えられたものを享受するだけでいい。
それから、彼を振り払うことなく、いつでも受け入れて、甘やかしてもらえばいい訳だ。
そうすることで、彼は過去の自分を救うのだろうから。
「ならば存分に甘えさせてもらうことにしよう」
お互いがお互いを利用するだけ。
彼の気持ちが過去の彼にあるうちは、私に害が及ぶことも無いだろう。
「俺は馬岱、よろしくね!」
「無理だと思ったら離れてくれてくれて構わない、馬岱殿」
利用彼の真っ直ぐな視線が揺れる。
それから怒ったように、私を見つめた。