鬼神 | ナノ



しきたり 1/1


「司馬師様、」

彼を守る決意が決まった私は、彼に声をかけた。
司馬師様は美しい表情を緩やかに動かしながら、私に視線を向ける。
何処か遠くを見据えているような、透き通った瞳を真っ直ぐに見つめた。

「どうぞ、私に名を」
「…名が無いのか?」
「我ら護衛一族は、主人と認めた人に名を頂き、一生を捧げます」

軽く目を伏せるように頭をたれる。
司馬師様は驚いたようにはするものの、聡明なのだろう。
静かにわかった、とだけ答える。
私をじっと見つめているのを感じるが、ただ、名付けられるのを待った。
そして、唐突に、なにか思いついたらしい。

「氷雨、」
「ッ、」

驚いて顔を上げた。
酷く耳に心地よい名前だ。
うっすらと記憶の残る、前世での名前だったのかもしれない。
とにかく、その名前が酷く嬉しく、自身を示していると理解が出来た。

「お前は、今日から氷雨だ、いいな?」
「はい!」

頷き、真っ直ぐに見上げる。
微笑を浮かべているその顔に驚きながらも、緩む頬を抑えられない。
私だけの、大切な名前だ。
仕来りと言ってしまえば酷く簡単だ。
主人に名付けてもらうだけ。
だが、今まで娘、姉、とそう呼ばれていただけの私にとっては、酷く嬉しいことだった。

「そこまで嬉しいのか?」
「はい、自らが忠節を誓った方に、名を頂けるのです。何を不満に思いましょうか」
「…そうか」

小さく笑った彼に、笑い返す。

「何があろうと、あなたをお守りいたします」

軽く目を伏せて、片膝を付いた。
深く頭を下げ、両手を前で組む。
私の守るべき人であり、第一に優先するべき人。

「頼む。頂点に立つ、その日まで」
「…いえ、死出の旅までお供することこそ、我が務めです」

顔を上げ、笑う。
驚いたようにした司馬師様は、目を見開いた。
そりゃあ、一歳年下の護衛に死んでも一緒とか言われたらどん引きだよねぇ。
でも、名前を貰う、っていうのは、私たち一家の中では、殉ずることも含まれている。
申し訳ないが受け入れてもらうしかない。
本当は、言わないでいてもよかった。
だが、この方なら、司馬師様なら受け入れてくれるのではないか。
そう感じたのだ。

「…ならば、私から離れるな」

冷たく聞こえる声。
だが、その言葉は酷く嬉しいものだ。
御意に、としっかりと見えるように頷いて、私は彼を守る権利を得た。

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