鬼神 | ナノ



おとうと 1/1


「姉上、お久しぶりです」
「…ああ。久しいな、弟」

登城したことで、久しぶりに弟と顔を合わせた。
そろそろ、弟に家督を継がせても問題ないだろう。
そんな考えをめぐらせながら、母上と妹に似ている顔を見つめる。

「姉上?」
「お前は母に似て頭がいい、聞きたいことはわかるな?」
「…はい、わかっております」

その目は主人に仕える護衛武将のものだった。
主を守り、主と共に死することを認めている目だ。
それに満足を覚えて、口元に笑みを浮かべる。

「家督はお前に渡す。好きに使うといい」
「姉上ッ、それは!」
「これは父上の決定だ。お前は、お前の望む通りにするといい」

すっかり、身長が抜かれてしまった弟にまあ、継ぐものはこれだけだがな、と竹簡を渡した。
唖然としているその表情に苦笑しながら、黒い髪に手を滑らせる。
さらり、と幼い頃から変わらない手触りに驚きながら、距離を離した。
拱手してから、踵を返す。
振り向いた先にいる子元様に駆け寄りながら、武器を確認する。

「…もういいのか?」
「はい、家督を継ぐ、とは言え、何時死に絶えても可笑しくない一族ですから」

財産と言えるほどの財産も無い。
だからこそ、あっさりと移せるし、そもそも、私は預かっていただけだ。
子元様の利き腕は右なので、そちらを邪魔しないように、左に立つ。
ゆたりとした速度で歩いていると、司馬昭様が現れた。

「さっきのが氷雨の弟か?」
「ええ、曹叡様の護衛武将です…本人の能力的には文官の方が向いているようですが」
「へぇ」
「…久しく会っていないのによくわかるな」
「賈充殿もいらっしゃいましたか。向き合ったときに力量を測れなくては、護衛武将は勤まりませんから」

苦笑しながら告げる。
弟と戦場で向き合うことになれば、私は彼を殺すだろう。
確かに彼は強いだろうが、私の実力はそれを越えている。
だからと言って私が最強という訳ではない、子元様を守るためには日々訓練を続けなくてはならない。
ただ特攻で進むよりも、何かを守りながら進むことは酷く難しい。
それをなすためには、ただ一辺倒に武力だけを上げていけばいい訳でもないのだ。

「なんか、羨ましい気がするけどなぁ…氷雨の弟か」
「でも、私は司馬昭様が私の弟でなくて良かったです…司馬昭様はお優しい方ですから」
「あ?どういうことだ?」
「ふふ、何でもありませんよ、子上様」

口元にゆるりと笑みを浮かべる。
司馬昭様は、何があっても司馬師様を裏切ることは無いだろう。
つまり、司馬師様の敵には回らない。
私が手をかけることも無いのだ。
一度、ちらりと振り返ったその場に、弟の姿は無かった。

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