鬼神 | ナノ



あねうえ 1/1


「子元、押してダメなら引いてみろ、とは言うけれど、氷雨に対しては引くことは逆効果だわ」

母上は兄上を呼び出してそう言い切った。
父上は我関せずとでも言いたげに竹簡を見て、仕事をしている。
どうして俺がこの場に呼ばれたのか、未だに理解が出来ない。
だが、とにかく今は母上の兄上への言葉が終わるまで待たなくてはいけないんだろう…めんどくせ。

「他の女を匂わせたら、あの子のこと、やはり自分は隣にいてはいけないと思うもの」
「とはいえ、優しくするだけではいけないとも、」
「隙を見せるの」
「隙…ですか?」

兄上の言葉に母上は頷いた。
隙を見せろ、って、一切隙のない兄上には結構な難題だと思うけどなぁ。
まあ、母上もわかった上で言っているのだろう。
無言で俺は空気なのだと言聞かせながらことの成り行きを見つめる。

「それから、子上。あなたのお目付役が来たわ」
「え?!」
「勿論、旦那様の決定よ?…子元、氷雨が私の娘になってくれるよう、私も手伝うわね」

母上の言葉は、多分、そっちが本音なんだろうな、と。
確かに母親として兄上が幸せになってほしいと言うのもあるけど、それ以上に娘が欲しいのだろう。
氷雨は司馬家にない素直さを持っているし、知も武も申し分ない。
家柄も、護衛一族として常にお偉いさんを守っていただけあって、中々の地位を与えられている。
地位がないと入れない場所とかあるし。
つまりは、司馬家に嫁に入るとしても申し分ない人間な訳だ。
そもそも氷雨が兄上の護衛になることだって本来ならあり得ないことだった、らしい。
その辺りは流石父上、としか言いようのない手腕なのだが。
曹爽殿が氷雨を引き抜こうとしているのも、本当であれば、彼女は曹家か夏侯家の護衛になるはずだったから。
今のところ、その護衛一族の地位は氷雨が継いでいるが、落ち着いたら弟が引き継ぐらしい。
弟は既に主人が決まっているとは言え、まだ十一だからと曹丕様直々に認めたとか。
その弟さんに家を任せてしまえば、氷雨は自由であり、司馬家に嫁に入ろうと問題ない。

「失礼いたします、お呼びですか?」
「氷雨、子上のお目付役を決めたの。その子とも長い時間一緒にいるでしょうから、紹介しておくわ」

母上はにこりと笑って、氷雨はいつも通りに頭を下げた。
そして、部屋に入ってきたのは、金色の髪をした冷たそうな顔。
氷雨の柔らかな空気になれていた俺にはちょっとキツそうだと感じた。
顔からして真面目さがにじみ出ていて、思わずめんどうなことになりそうだと頭を掻く。

「氷雨にはいつも子元と子上を二人とも任せてしまっていたから…二人ともダメでしょう?」
「そのようなことはありません。お二人ともそれぞれの良さがありますから」

氷雨はゆたりと笑みを浮かべて、母上に伝える。
その声からは嘘は感じないし、本心でそう言ってくれているのだとわかる。
俺を素直に褒めてくれるのって氷雨だけだしなぁ…。
時々、兄上とか賈充を止めてくれるし、父上と母上にも俺の報告するときに必ずいい所多く言ってくれるし。
…勿論、普段は兄上優先だけど、その次くらいに優先してくれるし。

「…俺、氷雨なら姉上って呼べるわ」
「司馬昭様?!突然何を、」
「なあ、氷雨。俺のこと子上って呼んでくれねぇ?一回でいいから」

じっと期待した目で見つめる。
氷雨が俺のこの目に弱いことくらい知っているのだ。
う、と視線を彷徨わせるが、父上も母上も止めることはない。
まあ、俺の姉上発言がデカいのだろうが。
…生憎と、義姉上ではないという事実にはきっと気がつかないだろう。
氷雨は暫く黙り込んでいたが、誰からも止めが入らないことに気がついたのか、眉を下げる。
じっと見つめ続けていると、氷雨はその顔にいつもの優しい表情を浮かべた。

「子上」

酷く柔らかな声色に俺の顔が緩むのを感じる。
ああ、やはり、氷雨は俺の理想の姉上だ。

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