鬼神 | ナノ



どくはく 1/1


司馬師様からの唐突な口付けは、張春華様の声が聞こえても終わらなかった。
むしろ、激しくなり、そんな経験がある訳も無い私は、恥ずかしながら、腰が抜ける。
だが、好都合とでも言うように軽々と抱き寄せられ、更に目を白黒させる結果になった。
司馬昭様と賈充殿もいることを思い出して、羞恥が一気に襲いかかる。
目を力一杯瞑って、耳が、頬が熱くなるのを感じた。
暫くして司馬師様が解放してくださった、のだが、恥ずかしすぎて、逃げ出したい。

「氷雨、これで貴女も私の娘ね!」

言葉を失う。
この方は一体何を仰っているのだろうか。
慌てて首を左右に振る。

「私ごときが、そのような、」
「…私が戯れにお前に手を出すとでも思うのか」

司馬師様の言葉に言葉を失った。
若干潔癖のきらいがある司馬師様が、戯れで女に触れる。
確かに、信じられないと言うか、今まで全くなかったと言うか。
視線が泳ぐ。

「私は、護衛としてだけではない、お前のすべてが欲しい」
「?!」

はくはくと口は開くものの言葉が出てこない。
一体何がどうなってこうなったのか。
混乱を極めた私は、暗くなる視界に身を任せ、意識を失うことになった。

は、と目が覚めた。
身体を起こし、見回せば自室であることがわかった。
夢、だったのだろうか。
嬉しいような悲しいような、何とも言えない感情を抱えながらも、ほっと息を吐こうとした瞬間だった。

「夢ではない」

聞こえてきた声に、身体が固まり、吐こうとした息を飲み込む形になる。
司馬師様が、悠然とした様子で、部屋に入ってきていた。
言葉を失って、ただ、司馬師様を見つめるしか出来ない。
彼は私の寝台に腰掛け、じっと見つめてくる。

「純粋な、お前の気持ちを聞かせてくれないか」
「私、は…護衛として生まれ、育ちました。女として、生きることは無いとそう育てられております」

言葉を紡ぎ始めると、司馬師様はただ私の手に、大きな手を重ねるようにした。
声を発することはなく、私の言葉に一心に耳を傾ける。

「司馬師様にそう言っていただけるのは、身に余る光栄。ですが、わからぬのです」
「何が、だ?」
「己が理解できぬのです。護衛は、盾であり剣、それだけを求められ、自身も求めていたはずで、」

しかし、司馬師様のお言葉を、お気持ちを嬉しいと思う自身もいるのです。
本来そのようなこと、考えるべくも望むべくもありません。
ただ主人に仕え、尽くす、それが己の生き方だと、考える自身もあります。
そこまで告げて、口を噤む。
親兄弟に対する考えも、一般とは異なる私だ。
きっと、愛情やら何やらも一般とは異なっているのだろう。
だからこそ、わからない。
司馬師様が何を考えていらっしゃるのか、私が、一体どうしたらいいのか、どうすべきなのか。

「そう、か」

聞こえてきた声に顔を上げる。
失望されただろうか。
思いながら、見たその顔には柔らかな微笑が浮かんでいた。

「では、答えが出るまで、悩むといい…だが、私は甘くはないぞ」

表情を変えず穏やかな声のまま、静かにそう告げる。
その優しさに、眉を寄せた。

「私はお前を手に入れるため、策を張ろう。そして、氷雨、お前を手に入れる」

一瞬にして、戦場での目つきになった司馬師様は、私の手を抑える。
それから、私の額に口付けて、小さく笑った。

「今日は休むといい」

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