くちづけ 1/1
母が女官というのも、理解できた。
武には確かに向いていない。
だが、彼女がなりたいというのであれば、私はそれを鍛えるだけ。
私のときはどんな訓練だったか、と思い出す。
「訓練所破り、戦場放置、賊退治…」
「氷雨…?それさせるわけじゃないよな?」
「ええ、これは私がやったことですから、妹にはあわないでしょう」
司馬昭様の言葉に笑いながら返すと、司馬昭様は固まった。
その隣の賈充殿は驚いた顔をしながら瞬く。
賈充殿の驚いた顔は久しぶりに見た気がするな、とぼんやり考えた。
「いっそのこと、いくつかに絞って、あとは体術を鍛えた方がいいか」
「いくつかに、ってどういうことだよ?」
「私は武器の不得意を作ることは許されませんでしたから。全ての武器が扱えます」
「…全部?」
「はい、全部です。ただ、私の場合は物心つく前から武器を持っていたので」
それを妹に求めるつもりはありません。
にこりと笑いながら答える。
妹も求められたら堪ったものではないだろう。
「でも…それを求めるとしたら、」
「え、あるのか?」
「私に代わり、司馬師様に仕えたいと言うときでしょうか」
彼は、私の主だ。
従者に信頼を預けてくれる主人だ。
そんな素晴らしい主をあの妹に明け渡す気はない。
彼は私の主であり、私は彼の従者である。
「私は、氷雨以外の護衛をつける気はない」
ふと、司馬師様が私に近づきながら告げた。
思わず瞬いて、その顔を見つめる。
私の頬に手を当てて、そのきれいな顔に笑みを浮かべる司馬師様。
「私の、私だけの護衛であり、腹心。私こそ、お前を手放す気はない、氷雨」
「ッ?!」
甘やかな言葉に驚いて、目を白黒させる。
いつもの冷静な声と違い、酷くまるで恋人にでも囁くような。
確かに、そろそろ司馬師様は妻を迎えてもいい頃だ、なんて変な考えが浮かぶ。
ああ、そう考えると、自分にも子供が欲しいと思う。
司馬師様に子供が生まれ、私の子がその子を守ってくれたなら、きっと幸せだ。
そう思うのに、どこか、淋しいとも思ってしまう。
「有難きお言葉です」
頭を軽く下げ、静かに告げる。
が、頬に当てられた手に軽く力が入り、私の顔を持ち上げさせた。
何かを見通すような、綺麗な瞳に魅入られる。
一瞬、唇が重なった。
それから、耳元で、そっと囁かれる。
「永久に、私のものであれ」
「ッ…お望みの、ままに」
とりあえず、返事をしたのはいいが、頭が混乱し切っている。
助けを求めたいが、この場にいるのは司馬昭様と賈充殿だ。
しかも横目でちらりと確認したら、二人とも唖然としていた。
私もそうしたい。
「氷雨、私を見ろ」
「司馬師、様…その、」
「…黙れ、逆らうな」
言いながら、司馬師様の唇が私の唇に重なる。
振り払うことも、押し退けることも出来ず、むしろ混乱を極め、身動きが取れない。
そのまま固まっていると、頬に添えられていた手が後頭部に回る。
反対の空いていた手が、腰を通って、背後に回った。
そのことに更に驚いていると、舌が割り込んでくる。
瞬間、張春華様の嬉しそうな声が耳に入ってきた。