鬼神 | ナノ



くんれん 1/1


宴の翌日、訓練所の兵士たちは酷く怯えた様子だった。
確かに何時も、司馬師やその護衛武将、司馬昭、賈充がくると恐縮したようになる。
だが、明らかに今回は違うのだ。

「貴様の武はその程度か!」
「ッ、ッ!!」

いつもは受けるだけで時折反撃に近いものをするだけの護衛武将。
注意点を丁寧語で指摘しながら、彼らを鍛えていた。
それが、武器を持った小さな少女に対し、素手ではあるものの、一方的に殴り掛かっている。
その覇気に萎縮しているのだろう、少女は腰が抜けないようにするのが精一杯に見えた。

「そんな覚悟で主を頂くなど、許さん!」

双杖を構えた少女は、その言葉にハッとしたように構える。
だが、既に振りかぶられた拳が、彼女の右手に当たった。
その所為で双杖の片方が宙を舞う。
飛んだ先にいるのは司馬師。
彼はそれを視界に入れながら、じっと動くことは無い。

「兄上!」
「子元殿!」

弟とその友人の声に小さく口角をつり上げた兄。
彼の元へ飛んできた双杖はその後ろから飛ばされたヒョウによって弾き飛ばされる。
そのヒョウも司馬師に向かうことは無く、壁に突き刺さった。

「氷雨が私を傷つける訳がないだろう?」

司馬師の言葉に兵士たちの視線も一点に集中する。
ヒョウを投げた構えを解き、冷めた視線で妹を見下ろす姿。

「本当に一通りやったのか?」
「っ、本当、です!」
「なら、軽すぎるのか?槍でも刀でも何でも構わん、褒められた武器を持って来い」

そう告げる絶対的な壁に、少女は身体を震わせる。
静かに移動し、手に取ったのは、ヒョウ。
護衛武将はちらりと視線を向けて、棍を手に取った。
ぐるぐると、数回回して、構える。

「私からの攻撃はしない、来い」
「姉様…行きます!」

妹が投げたヒョウは、全て棍でたたき落とされる。
弾き飛ばす訳ではなく、真上から着実に叩かれ、突かれて、訓練所の床に落ちていく。

「左が遅いッ!」
「ッ、」
「狙いを定めろ、一発で急所を狙え!」

その瞬間、だった。
司馬師に向かって、兵卒の一人が武器を構えて飛びかかる。
それでも、司馬師が倒れることは無い。
どさり、と音がして倒れたのは、兵卒。

「…氷雨が私を傷つける訳が無い、そう言ったはずだが?」

兵卒の急所に刺さっているのは、全てヒョウだった。
そのヒョウは妹が投げているものとは違う。
先ほど、双杖を弾き飛ばしたそれと同じものであり、護衛武将が装備しているものだと兵士たちは理解した。
だが、その肝心の護衛武将が妹のヒョウをたたき落とす音は一度も止んでいない。
その事実に、全員がぞくりと、背筋を凍らせる。

「氷雨、出るぞ」
「はっ」

そう返事をした姉は妹に一瞬で近づいて、鳩尾に拳を突入れた。
くたりと倒れた妹を肩に担いでヒョウを回収する。
平然としたその姿とその隣でさも当然のように笑う司馬師。
そんな主従に兵士たちは様々な感情を押し込めた視線を向けることしかできなかった。

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