へんしん 1/1
彼女の妹が司馬家預かりになってすぐ、諸葛亮が五丈原に兵を進める。
だが、諸葛亮が病を患っているという噂通り、彼の天命は五丈原に落ちた。
その後、盛大な宴が開かれることになる。
今回はその騒動が起きた祝勝の宴前の、ちょっとした変身の話である。
「司馬懿様、私は、」
「お前は師を守るだけでなく、昭まで守った、敵将も数人打ち取っているだろう?」
お前が出ず、誰が出るというのだ。
呆れたような言葉に、彼女は申し訳無さそうに眉を下げ、了承を示す。
更にその奥方からは、着飾ってくるように、とまで言われている。
困ったと眉を下げたが、一応、服も飾りも、化粧品も持ってはいた。
はあ、と一度ため息を吐いて、服装を変える。
白と水色を基調とした服、なのだが、その、母繋がりでシン姫様から頂いたものなのだ。
意味は推して知るべし、というか。
こう、女性としての色香がある人が着るのであれば、素晴らしいのだろうとは思うが。
等と言っても仕方が無い。
宴は今日で、これから買いに行く時間もある訳が無い。
「…ヒョウなら隠せるし、笛なら持っていても違和感は無い、か」
湯に入り、服を着替える。
香を纏い、化粧を施す。
髪を纏め上げ、簪をいくつか飾った。
司馬師様付きの顔なじみの女官に確認してもらおうと、声をかけた。
「どちらさまですか?」
「…司馬師様の護衛武将の氷雨だ。顔を、見忘れたか?」
思わずそう聞き返した。
彼女は驚いたように目を見開いて、私を凝視する。
「よくよく見もせず、適当にやってしまったものだから、確かめてもらいたいのだが」
「…完璧でございます」
「え、あ、おかしな所が無いのであれば良かった。司馬師様に恥をかかせる訳にもいかぬから」
苦笑して、ありがとう、と笑いかける。
最後まで呆気にとられた表情だったのが気にかかるのだが、大丈夫だろうか。
…厚かましいが、張春華様に確認していただこう。
あの方は女性であるし、何よりも、司馬師様への忠義を理解してくださっている。
そう思って、張春華様の元を訪れた。
はずなのだが。
「どちら様ですか?」
「え…司馬師様の護衛武将の氷雨、ですが」
張春華様付きの女官に止められた。
彼女とも顔を合わせることが多く、話をすることさえあるのだが。
思わず眉を下げ、首を傾げる。
と、奥から綺麗に着飾った張春華様が現れた。
元々美しいお方が、着飾っているのだから、当たり前のように綺麗だ。
一瞬、彼女の動きが止まった。
「…氷雨?」
「はい。何処かおかしな所があってはならないと、厚かましくも確認していただきたく」
「氷雨のことだから、子元が恥をかいても困ると思ったのでしょうね」
あっさりと見抜かれた。
ゆたりと近づいてきた彼女は、じっと私を見上げる。
それから、うん、と一人頷かれた。
「問題ないわ、さ、一緒に行きましょう?」
今回の戦で戦功を上げた主役である、張春華様と共に向かうなど、と思う。
が、思うだけだ。
彼女の言葉に逆らうことは許されず、私は静かに彼女の斜め後ろをついて歩いたのだった。