悪魔の寵姫 | ナノ



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首筋に薔薇をちらして

自由の女神の前で、彼女と共に選手たちの体調を聞いて回った。
話を聞いていて知っていたとは言え、阿含氏や鷹、峨王や赤羽氏にも平然と対応している。
他の女性…チアガールたちが遠巻きにしていても全く気にしていないのだろう。
無口な鉄馬氏や進氏も氷雨と関わるときは口を開く。
彼女は全員の体調を聞いて回ったし、途中から駿も一緒に付いて回ると言い始めたけど。
それでも、氷雨とつかの間一緒に過ごせて幸せだった。

「猛くん、駿くん、ありがとう」

にこり、笑う彼女に気にしないでくれ、と首を左右に振る。
後に続くように気にする必要はない、と言った駿は気がついたように氷雨を見つめた。

「氷雨さんこそ、体調は大丈夫ですか?」
「ん?うん、ちょっと乗り物酔いで胃が気持ち悪いけど、他は問題ないよ」

へらり、と笑みを浮かべた彼女は、胃の辺りを触りながらおどけたように、うー、と唸る。
その反応は可愛らしいもので、思わず笑みが溢れる。
ふ、と彼女が俺の後ろに視線を向けて首をかしげた。
そちらに視線を向ければ、やって来たのは、他国の代表選手であろう青年。
キラキラと輝く歯を見せながら手を差し出されれば、断る必要もない。
自己紹介をしながら挨拶をして入れば、氷雨はいつの間にかフランスの選手と話をしている。
ハインリッヒ・シュルツなんていうドイツ選手に気を取られている暇はない。
慌てて彼女の方へ向かって、その意識を俺の方へと向けた。

「猛くん?」
「氷雨、迷子になったら大変だよ」
「あ、ごめんなさい」

フランスの選手にぺこりと頭を一度下げて、俺の手を取って、日本選手団の方へと向かう。
自然に手をとるあたり、意識してもらえてないんだろうな、と苦笑が浮かぶ。
ついついムッとしてしまうのは、仕方のない。
ぐい、と繋いだ手を引っ張れば、簡単にこちらに体が倒れてくる。
そっと抱きとめて、首元に唇を寄せた。
薄く色付いた肌に満足して少しだけ離れる。

「っ?!」

首元を抑えて、さらに距離を置こうとする彼女を抱きしめたまま笑う。
顔を赤く染めた氷雨は、はくはくと口を開けて閉じて、がっくりと肩を下ろした。

「猛くんはそんなことしないって信じてたのに」
「君に俺が男だって認識してもらえるなら、その信頼を壊す価値はあったかな?」

ニッコリと笑って見せれば、はあ、とため息をついてから苦笑した氷雨が肩をすくめる。
ふわりと柔らかい笑顔に変えて、まっすぐに俺を見つめた。
オレンジがかったピンク色の口紅が小さく動く。

「氷雨、移動するぞ」
「…はぁい!厳くん」

その唇は何かを告げることはなく、甘やかな声と雰囲気で武蔵氏の方へと向いた。
自身が彼の元へ行くついで、と言わんばかりの動きで俺の手を引く。
それが悔しくて、ただそれでも、それでこそ彼女なのだとも感じる。
ふ、と後ろから鷹に思い切り肩を掴まれた。
そっと手を離せば、一度だけこちらを見た氷雨がそのまま武蔵氏に連れて行かれる。

「大和、次はないと思っておいた方がいい」

振り向いて名前の通りの猛禽類のような鋭い眼にわかってるよ、と苦笑する。
武蔵氏からも咎めるような視線をもらっているし、今も視線が針になるのなら針のむしろと言わんばかりだ。

「峨王と比べれば、まだ可愛い方だと思うんだけどな」
「いや…そうでもないだろう」

噛み付く、という行為の方が敵視されるべきじゃないのか、と鷹に問えば真っ向から否定される。
まあ、可愛い反応を見られたわけだし、ここは引いて置くべきだろう。

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