悪魔の寵姫 | ナノ



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君を泣かせたい。

初めて、だった。
俺の目の前に立ち、恐怖心も何もなく笑った初対面の女など。
西部との試合が終わり、観客席の泥門に視線を向ける。
近寄って栗田に声をかけた。
小結と名乗る男も中々に面白いが、やはり、栗田だ。
泥門の後ろの方で、氷雨と誰かが話をしている。
ちらり、と目を向けたことに気がついたのか、首を傾げて笑った。

「何故、笑う?」

俺の言葉に、視線が集まる。
ぱちり、と瞬いて、口元に手を当てた。

「なんで…って、知り合いにあったら笑いませんか?」

至極当然のように、告げる。
俺に対して、笑いかける人間など極少数だ。
引き攣った顔や恐怖する顔ばかり見てきたからか、何処か不満を覚える。
泣き喚け、と言う訳ではないが、泣いた顔も見てみたい。

「どうしたら泣く?」
「映画で感動するだけでも泣きますけど…」

飄々と交わすその態度に、口角をつり上げる。
突然、思いついたように俺の目を見た。
それから、にんまりと、三日月のような笑みを浮かべる。

「次に泣くのは、クリスマスボウルで泥門が勝利したとき、でしょうか」
「フン、面白い」

肝が座っている。
後ろでマルコが、随分と可愛らしい挑発だっちゅー話、と呟いているのが聞こえた。
挑発?そんなものではない。
そんな生易しいものではなく、ただ、純粋たる事実。
あの女にとっての変わりようのない真実。
俺たちが眼中にない訳ではない。
むしろ、敵として認識されているからこそ、カメラを持っていたのだろう。
だが、あの女が信じ、見つめているのは泥門の勝利。
一歩間違えれば、選手には大きすぎる程のプレッシャーを与える。
もう一度ロッカールームで、面白い、と呟いた。


泥門の連中がトラックに乗り込んでいるのを見つける。
だが、一人、氷雨だけは逆だった。
その小さな体とは対照的なバイクに跨がって、トラックの中を見つめている。

「ちゃんと病院で検査してこい」
「わかってるって、厳くんは心配性だねぇ」
「お前が無理するからだろ」

がしがし、と頭を撫でられ嬉しそうに笑った。
俺に向けられている表情とは違う。

「じゃぁ、適当に言っておいて」
「…精密検査か?」
「ん、まあ、中だからね」

肩をすくめて、そのままの体勢でトラックを見送った。
よい、しょっ、と声を上げているのに近づく。

「おい、」
「…峨王さん?どうかなさいましたか?」
「何故、病院に行く?」

俺の言葉に可笑しそうに笑った。

「峨王さんには言ったじゃないですか、“満足にスポーツもできない”って」

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