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気が向いたら君の隣氷雨さんは笑いながら、進の腕を興味深そうに触っている。
いつかの逆のようで、実際はそうでもない。
触られている側の進が、緊張か照れか全身に力が入っている状態で固まっているからだ。
そんなことはお構いなしとでも言いたげに、氷雨さんは進を撫でる。
時折掴んでみているが、力がない所為で手を添えているようにしか見えない。
「清十郎さん、力抜いてください。リラックスです、リラーックス」
楽しそうに進に話しかけて、力が抜けた状態の腕を触りたいらしい。
が、どうやら効果はないようだ。
「氷雨さん、その辺で勘弁してもらえませんか?」
「あら、高見さんに言われてしまったら、聞くしかないじゃないですか」
少し不満そうに口を尖らせて、進から手を離した。
今度は、その手を進が掴んだ。
ぱちり、瞬いた氷雨さんが困ったように俺を見る。
俺も驚いて進に視線を向けた。
「髪型が、変わりましたか?」
「はい、パーマかけたんです。今はアップにしてるからわかりにくいんですけど」
よく気がつきましたね。
嬉しそうに笑って、氷雨さんは髪を抑えていた飾りを取った。
ふわり、と揺れた髪は、シャンプーの香りを広げて、彼女の背中に舞う。
確かに、真っ直ぐだった彼女の髪がゆるくウェーブがかっていた。
「筋肉でしか人を判断しない進が、髪型の変化に気がつくなんて、」
桜庭の言葉に、静かに頷く。
だが、驚いていた桜庭はすぐに調子を取り戻した。
「前の髪型も素敵だったけど、その髪型も似合ってるね」
「ありがとうございます、嬉しいです」
照れながらの桜庭の言葉に、満面の笑みを浮かべてお礼を言う。
その笑顔に軽く頬を染めて、視線を逸らす桜庭。
虎吉が叫んだ。
「ま、まさか、桜庭…ねーちゃんのことす」
「素敵だと思ってるよ?!」
焦ったように言葉を重ねた。
そこで、氷雨さんは虎吉をじっと見つめ始める。
「な、なんや?」
「初めまして、私は氷雨です。お名前を教えてもらってもいいですか?」
虎吉ににこりと笑って、片手を差し出す。
その手をとった虎吉はに、と口元に笑みを浮かべる。
自分の名前をはっきり言って、挨拶を交わした。
「虎吉くんは小学6年生ですか…それにしては、しっかり者ですね」
「へへ、まぁな!」
「これからも頑張ってくださいね、今から素晴らしい選手の動きを見ていれば、それは君の力になります」
おう、と素直に頷く頭を進にしたように撫でる。
嬉しそうに笑う虎吉に、微笑ましいと言った表情を浮かべる氷雨さん。
ふと、気がついたように、当然のように虎吉の近くにいる山本鬼平を見た。
「山本さんも、初めまして」
「おう」
言葉だけで挨拶を交わして、虎吉たちと話しやすいように前傾になっていた体を戻す。
鞄からビデオカメラを取り出して、膝の上に置いた。
眩しそうに目を細めながらフィールドを見つめて、一度目を伏せる。
次に目を開いたとき、彼女はもう泥門デビルバッツの一員になっていた。