悪魔の寵姫 | ナノ



23
しおりを挟む


自覚しているのか、いないのか

西部戦が始まった。
ただ、氷雨さんは今、この会場の何処にもいない。
記憶喪失になった理由が事故だからか、彼女は定期的に病院に行っている。
というのも、この間初めて知ったのだけれど。
あっさりと、病院に行かないと行けないんです、と笑っていた。
本当は試合の日には、検査を延期してもらっていたらしい。
けど、やっぱり、毎週末に試合があって、結果的に医者とヒル魔君から怒られたと言っていた。
途中から行くから、それまでよろしくね、と氷雨さんは何故か指切りまでしていった。
戸籍上では年上だし、普段の行動を見てるとそうでもないのだが。
時折、彼女は酷く幼い。


前半が終わりに近づいた。
ヒル魔君の奇策が通じないことがわかった今、正面から対決しなきゃいけない。
けど…。
前半最後のプレーはキックしかない。
そう思っているときだった。
バタン、と扉を閉める音がする。
軽トラの助手席から降りてきたのは、武蔵君。
彼はそのまま頭に巻いていたタオルを解いて、

「待たせたな」
「セーフですかね?これでもかなり飛ばしてきたんですけど…」

運転席から降りてきた氷雨さんも、駆け寄ってくる。
状況を見て、不安そうな表情を浮かべた。
が、ヒル魔君たちのやり取りを見て、ふと気がついたようにベンチ周りを駆け回る。

「厳くん、厳くん、防具とユニフォーム!」
「ああ、手伝ってくれるか?」
「ん、テーピングは、もう終わってるよね?」

いつものような敬語じゃなくて、気楽な喋り方。
二人の間には何処か気安い空気さえあった。
その様子に私だけじゃなくて、泥門ベンチ全員が驚いている。
が、あくまで武蔵君と氷雨さんは平然としていた。
これが普通で、これ以外の接し方はない、とでもいうかのようだ。
武蔵君の支度が終わると、氷雨さんはいってらっしゃい、と笑った。

「良い子で待ってろ」

氷雨、と続けた武蔵君は、氷雨さんの頭を撫でてからフィールドに向かう。
ヒル魔君と栗田君、武蔵君の三人がフィールドに揃った。
ナレーションで状況を説明しないと。
出した声は、何処か泣きそうに響いた。
武蔵君のキックは成功し、得点が入る。
すぐにハーフタイムに入って、栗田君が武蔵君に抱きつこうとした。
が、あっさり避けられたそれは軽トラックを粉砕することになる。

「ちょ、薬!」

焦ったような氷雨さんの声に、視線が集まった。
その視線に口元をぱちん、と抑えて、首を左右に振る。
もしかして、病気か何かなのか、と彼女を見つめた。

「頭痛薬です。偏頭痛持ちなので、変に心配させてしまってすみません」

眉を下げて苦笑する彼女にホッとして、いつになくテンションの上がっているベンチを見る。
ただ、テンションの上がり過ぎか、栗田君の持っていたケーキに銃弾が飛んだ。

「氷雨、こっち来い」

呼ばれるがままに武蔵君の近くに行った氷雨さん。
どうしてだろうと思ったのだが、その理由はすぐにわかった。
考え込み始めたヒル魔君が、手遊びで銃を乱射し始めたからだ。
さっきまでの氷雨さんは怪我をしても可笑しくない場所にいて、未然に防げて一安心。
なんて、思いながらも、氷雨さんと武蔵君の関係が気になってしまった。
[前へ]/[次へ]

[ back to menu ][ back to main ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -