ある日の昼食時、一応友人のリヒャルトがこんなことを言った。
「牛乳飲むと、集中力が良くなるらしいよ。」
「……集中力?」
***
「――!――ィ!」
何だか俺のすぐ傍で騒いでる奴がいる。
ったく、うるせぇっての。俺は今、本読んでんだからちったぁ静かにしろよな。
「〜〜〜っ!ロイってば!!!」
「っ!?……って何だ、王子さんかよ。」
しばらく無視を決め込んでいたが、耳に直接注ぎ込まれた大音量の自分の名前に、さすがに本から意識を離した。
「『なんだ』じゃないよ!さっきから、ずーっと呼んでたのに…。」
そう機嫌悪そうに言うと、王子さんは怒って唇を尖らせる。
15の男がやることじゃないと思うが、王子さんがやると妙に可愛く見えてしまうから不思議なものだ。
「あー…、悪ぃ。ちょっと夢中になってた。」
「みたいだね。僕があんなに呼んでも気付かなかった位だし。」
不味い。そうとうご立腹だ。ちょっと放置し過ぎたかも。
でも元はと云えば、俺が遊びに来てんのに書類にかかりっきりで、王子さんの方が俺を構ってくれなかったのが原因だ。
とは言え、怒りながらも少し寂しそうな表情をする王子さんを見ると、悪いことをしたなと思わされてしまう。
「ごめんな、王子さん。」
椅子に座ったまま、背後の王子さんに身体を向き直し、うつむいた顔を下から覗き込みながら謝る。
「……別に。」
目が合うと、何だか気まずそうな顔をして目を逸らしてしまった。
珍しく俺が素直に謝ったせいで、反って引っ込みつかなくなってるのかもしれない。
王子さんは普段は温和そうに見えるが、実は意外と頑固なのだ。
「本当ごめん。マジで悪かった。今度から気をつけるから、機嫌直せよ。」
立ったままの王子さんの背に腕を回し、抱き寄せた胸に顔を埋めて、再度謝る。
すると、王子さんも戸惑いながら俺の頭を抱き寄せる。
「…良いよ、もう。本当に怒ってないから。それに……集中してる時のロイも、格好良くて、好きだから…。」
恥ずかしさのためか、徐々に声が小さくなる。それに反して強くなる腕の力と胸の鼓動。
いつになく素直な王子さんの反応に、知らず俺の心拍数も上がる。
「王子さん…。」
堪らなくなった俺は、背に垂らされた三ツ編みの先を引っ張り、少し離れるよう合図を送る。
それを受けて、渋々といった様子で身体を離した王子さんと目が合う。
「王子さん…。」
「ロイ…。」
そして一度離れた王子さんの顔が、再び近付いて――。
***
「――!――ィ!」
何だか俺のすぐ傍で騒いでる奴がいる。
ったく、うるせぇっての。今良いトコなんだからちったぁ静かにしろよな。
「〜〜〜っ!ロイってば!!!」
無視して再び夢の世界に戻ろうとするが、耳元で聞こえた王子さんの声に、意識を浮上させる。
「……あれ?」
「良かったぁ、起きてくれて。ロイってば、何回声掛けても、全然起きないんだもん。
書類、全部片付いたよ。……ごめんね、ほったらかしにしちゃって。」
「あ、あぁ……。」
目の前には、怒りの欠片もなく、すまなそうに苦笑する王子さん。しかもどうやら、ほったらかされていたのは俺の方で。
……え?ってことは夢?
「どうかした?すごい変な顔してるけど……悪い夢でも見たの?」
現実についていけず、動揺する俺を不審に思ったのか、王子さんが心配気に声を掛ける。
「あぁ…まぁ、そんなとこ……。」
実際には、かなり良い夢だったが。
そうだよな、三節棍の訓練や王族の勉強の時でさえ、王子さんの肩とか鎖骨に気ぃ散らしっぱなしだもんな、俺。普通に考えて、あんな都合の良いことがあり得るはずねぇよな。
「大丈夫?もう少し寝る?」
「……いや、いい。」
王子さんが心配して再度尋ねてきたが、妙な落胆と敗北感で一杯の俺は、応えを返すだけでやっとだった。
「ごめんね、退屈だったよね。僕、集中すると、周りが見えなくなっちゃうみたいで……。」
「へぇ……そっか。」
更に追い打ちの如く、夢の中での俺と似たようなことを言う王子さんに、まともに返事をする気力もなく、笑うしかない俺。
しかも机の上に出来た小さな水溜まり(発生源は俺)を発見してしまい、更に気分が凹む。
「あの……ホントに大丈夫?」
あまりの羞恥に、最早返事すら出来ない。
……取り敢えず、涎を拭こう。王子さんに見つかる前に。
牛乳に相談だ
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