花言葉
神託、真心の愛、思わせ振り、軽率、別離、はにかみ、遠慮





「あ、たんぽぽだ。」


麗らかな春の日の午後。
執務を済ませた王子さんと、遺跡の近くまで散歩に来た時のこと。
石段を上りきったところでその光景を目にした王子さんは、上記の科白を発した後、件の花が群れて黄色い絨毯を作っている所まで走って行ってしまった。


「見て、ロイ!たんぽぽだよ。可愛いね。」

「あー、はいはい。」


正直たんぽぽなんてどうでもいい俺は、その王子さんの言葉にも適当に応える。
それより、たんぽぽ位で子供みたいに喜ぶ王子さんの方がよっぽど可愛いと思ってしまう辺り、俺も大分(いや、かなり?)毒されているなと実感する。
此方を振り返った時の王子さんの全開の笑顔を直視してしまって、弛みそうな表情を必死で引き締め、平静を保つ。

それにしても、王族の癖にたんぽぽとは。
勝手なイメージだが、王族というと、蘭とか薔薇とかお高そうな花を愛でているもんだと思っていた。

(王子さん、百合とか似合いそうだしなー…。)

そう思う一方で、道端に咲く可憐な野の花も、この王子なら良く似合う気もしていた。


「太陽宮にもね、たくさん咲いてたんだ。」


その言葉を聞いて、あぁ成る程と納得する。
太陽宮には広い庭があるそうだし、それなら其処にたんぽぽが咲いていても不思議はないかもしれない。
もちろん、その花で幼い王子さんや姫さんが遊ぶことも。

こうして家族との想い出を語る時、王子さんは酷く穏やかで優しい笑みを浮かべる。
そしてその表情を見るとき、俺はいつも複雑な気持ちに捕らわれる。
別に羨ましいとか妬ましいとかではない。
確かに自分の幼い頃には録な思い出がないが、そのことで王子さんに八つ当たりする気は更々ない。(一時期してたけど、それはもう過去ってことで)

そうではなくて、何だか……遠くなる、のだ。
家族との想い出は今の王子さんを形作ってきたものであり、俺と王子さんを決定的に別けるもので。
それを語る時の表情も手伝ってか、俺の中で王子さんを神聖な存在に位置付けるものでもある。
だからこそこうした時に、その表情に見惚れる反面、自分などでは手の届かない存在である様に思えて。
まぁ要するに、

(不安、なんだと思う。)

それでも一瞬の後には、

(……アホらし。)

そんな感傷も雲散霧消して、王子さんを触りに行ってしまうのだが。


「おら、んな花ばっかじゃなくて俺も構えよ。」

「当たり前だよ。ほら、ロイ。もっと、こっち。」


来て来て、と手招きする王子さんに促され、彼のすぐ隣に腰を下ろした。


それから暫くの間そのままでいたが、俺に色々話し掛けながらも王子さんの視線は地面に注がれっぱなしだった。
当然俺は面白くなかったが、たんぽぽごときに剥きになるのも何だか馬鹿らしい気がして、王子さんの髪を弄んで苛立ちを紛らわせる。


「何だか、ロイに似てるね。」

「はっ?!」

「たんぽぽ。」


そうしていると、いきなり王子さんに突拍子もないことを言われて、思わず可笑しな声を上げてしまった。
王子さんは時々、今みたいにそれまでの会話の内容を無視した発言をすることがある。
よくよく聞いてみると前の話と繋がっているので、頭の中で色々考えて纏めた末の結論を口に出しているみたいだが、言われた側としては意味不明だ。
頼むからもう少し脈絡というものを考えて話して欲しい。


「何処をどう見てそう判断したんだよ。」


兎に角其処に至った過程を聞かなければ。
こういう時、分かった振りをしてしてしまうと、
『そうか。』
『うん。』
で会話が終了してしまい、真相は永久に謎のままなのだ。
それに今の発言は若干聞き捨てならない部分がある。
先程王子さんは、たんぽぽを見て可愛いと言った筈だ。そのたんぽぽに似ているということは、俺は王子さんに可愛いと思われているということになるんじゃないか?
それって彼氏としてどうよ。(いや、王子さんも男なんだけど)


「たんぽぽは太陽の化身っていうでしょう?」


が、返ってきた答えは意外なもので。
取り敢えず、俺が危惧したものではなかったものの、ますます意味が解らなくなってしまった。


「それで何で俺に繋がんだよ。」

「だって、ロイの瞳は太陽と同じ色だもの。」


更に聞き返して、返ってきた答えに絶句する。
正直、俺はこの瞳の色が余り好きじゃない。
金の瞳なんて、自分の他に見たことがないし、周りの大人達や、いけ好かない貴族共には獣の瞳だと言って罵られてきた。
俺自身も、そう言われて腹は立ったが、その辺でゴミを漁っている猫と同じ色をした瞳は、確かに気持ち悪いかもなと思っていた。

それをまさか、太陽だなんて。
自身の方が、余程眩い色彩を纏っている癖に。
本当に、この王子には敵わない。


「……俺は、王子さんのが太陽っぽいと思うけどな。」


しまった。
いつもならこんなこと、思っても決して口にしないのに。
相当動揺してたらしい、気付いた時には言葉が出た後だった。
聞き流してくれないかなー、と一応祈ってみたが……。


「どうして?」


やっぱダメか…。
王子さんの性格上、絶対聞き返して来るとは思ったけど。
どんなに後悔しても、口から出てしまったものは仕方がない。
仕方がないので口を割る。


「………………髪が。」

「髪?」


ボソリと俺が呟くと、後を促すように同じ言葉を返してくる。
っていうか今の一言で察してくれよ!!


「あー、だからその…アンタの髪が、」

「うん。」

「キラキラ、して……その綺麗っつーか……ってだぁっ!クソ!!んな恥ずかしいこと言わせんなよ!」

「うん、ごめんね。……ありがとう、ロイ。」


観念して口を開いたつもりだったが、結局思っていたことの半分も伝えないうちに、恥ずかしさに堪えかねて大声を上げて逆ギレしてしまった。
いつもなら其処で会話が終了するのだが、悪くもないのに謝った王子さんの笑顔に完全に毒気を抜かれてしまって。


「……それによ、」


何だか恥ずかしがっていたのが、急に馬鹿らしくなってしまった。抵抗を諦めた、とも言える。
とにかく、先程勝手に投げ出した会話を、何故か再開する気にさせられてしまった。


「うん?」

「俺なんか、居ても居なくても誰も何とも思わねぇけど、」

「そんなことないよ。」


直ぐ様返る否定の言葉に、内心ちょっと嬉しくなるが、このまま話が脱線すると困る。
多分今を逃したら、こんな恥ずかしいことは一生言えないと断言出来る。
王子さんは何か言いたげな顔をしていたが、言葉にする前に、軽く口付けて黙らせる。


「いいから聞けって。」

「……ん。」


そうすると、少し赤くなりながらも、話を聞く態勢をとってくれる。……何だかんだで、コイツも俺には弱いのだ。
それに満足して、俺は先を続ける。


「けど、アンタが居ると、周りの奴は大概笑ってるだろ。」

「…そうかな?」


本気の疑問。
無自覚ってオソロシイ。


「そうだろ。だから、アンタのが太陽っぽいと俺は思うぜ。」

「……そっか。」

「おう。」


一番言いたかったことは何とか伝えたが、話し終えた途端、急に恥ずかしさが押し寄せて来た。
王子さんも少し照れているらしく、微妙な沈黙が降りる。
が、突然何を思い付いたのか、王子さんが嬉しそうに顔を上げた。


「じゃあ、ロイは僕だけの太陽だね!」

「………っ!」


不意打ちのその一言に、顔が熱くなるのを感じる。

全く、本当に


(恥ずかしい奴……。)


でもその言葉が、俺は王子さんのものだけど、王子さんは俺のものじゃない、というこの関係を如実に表している様で、ちょっと切なくなったことは秘密だ。






ダンデライオン







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