「ロイなんか大嫌い。」

「………はぁ?」


朝会って、開口一番に言われた台詞がこれだった。


「おい、ちょっと待て。何…」

「寄らないでよ、嫌いなんだから。……それじゃあ。」


それだけ言うと、王子さんは、俺に背を向けてさっさと立ち去ってしまった。


「……俺、何かしたっけ?」





 ***





「おい、お前何か知ってんだろ。」


せめて理由だけでも聞き出そうと、あれから何度か話し掛けたが、その度に、嫌い大嫌い寄るな触るな話し掛けるなと激しい拒絶に遭い、挙句の果てにはシカトされる始末。
途中まで、自分はそんなに酷いことをしたんだろうかと悩みまくっていたのだが、ここまで王子さんが頑なになっているのに、俺が一切身に覚えがないのもおかしいと思い始め。
そうなると、何となく、何となーくだが、誰かが王子さんにいらんこと吹き込んだんじゃないかという気がしてきて。


「何なんですかぁ、いきなり〜。」

「俺の経験上、こういうしょうもないことには、大体お前が絡んでんだよ。」

「わぁ、ナイス直感ですぅ。」

(やっぱりか……!)


いつもの様に語尾を伸ばしながら返された言葉に、軽く目眩を覚える。
のほほんと一見人畜無害そうに笑うソイツをシバきたい衝動を堪え(実行したら返り討ちにされるのがオチだしな)、事情を聞き出そうと詰め寄ると、意外にもあっさりと白状した。


「今日はエイプリルフールですよ、ってお教えしたんですぅ。」

「エイプリルフール?」

「そうですぅ。人を傷つけたりしない、害のない嘘なら吐いても良い日なんですよぉ。」

「嘘?」

「はぁい。」


ってことは、王子さんのアレは……、
そこまで考えて、顔が一気に熱くなった。


「どうしたんですかぁ?お顔が真っ赤ですよぉ〜?」

「うっせぇ!……つーか、害のない嘘って、明らかに俺の気分が害されてんだけど。」

「そこは敢えてお伝えしませんでしたから。」

「伝えろよ!!」

「あとはですねぇ、」

(無 視 か……!)


俺の怒りを綺麗に無かったことにしたミアキスの説明によると、吐いても良いのは人をからかう程度の害のない嘘のみで、嘘を吐いても良いのは正午まで、らしい。


「それから、王子にはお昼まで嘘を吐き通せたら、願い事が一つ叶うと言ってありますぅ。」

「王子さん"には"?」

「エイプリルフールですから。」

(嘘かよ…!)


王子さんがあんなに意固地なっていたのは、ミアキスのこの嘘が原因らしいと判明し、再び目眩に襲われた。本っ当、この女は録なことしねぇな!ってか不敬罪じゃねぇのか、これ?!


「あれぇ、どこ行くんですかぁ?」

「誰がお前なんかに言うか。」


そう言い捨てて、さっさとその場を後にする。
ミアキスの下らない嘘にこれ以上付き合う必要はないし、付き合ってやるつもりもない。それより、早く真相を王子さんに教えてやりたい。
……王子さんに嫌いだ何だと言われ続けるのは、俺の精神衛生的にもよろしくないしな。


「あ!あともう一つ……って行っちゃいましたぁ。」





 ***





コンコンと扉を2回ノックすると、どうぞ、と直ぐ様返事が返る。
扉を開けて中に入ると、部屋の主は、その大きな瞳を更に見開き一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにハッと気が付き、不機嫌そうな表情を取り繕った。(ちょっと面白い。)


「……何か用?」

「まぁな。」

「大した用事じゃないなら出て行ってくれる?……今忙しいから。」

「結構大した用事だな。」

「じゃあ、さっさと済ませて出てってよね。ロイの顔なんて見るのも嫌なんだから。」


嘘だと分かっていても心臓に悪い。少し大袈裟かもしれないが、これ以上聞くと精神的苦痛で寿命が縮みそうだ。取り敢えず、HPは確実に減っているだろう。


「ミアキスに聞いたぜ。」


俺がそう言うと、バッと音がしそうな程の勢いで王子さんが此方を振り返った。


「え、な、何のこと…?」


心なしか顔色が悪い。唇が微かに震えていて、声までもが今にも震え出しそうだ。


『王子にはお昼まで嘘を吐き通せたら、願い事が一つ叶うと言ってありますぅ。』


ふとミアキスの台詞が思考の端を掠めた。
嘘がバレるということは、願いが叶わなくなるということ。
ここまで動揺するなんて、一体どんな願い事をしたのかと疑問に思うと同時に、この嘘を暴いてしまっても良いのだろうかという迷いが生じた。王子さんを一瞬でも哀しませる位なら、言わない方が良いのではないか。

そう思ったが、よくよく考えてみると、昼を過ぎればミアキスがネタバラしに来るのだから、今言おうが言うまいが同じことだと気付いた。寧ろ黙っておく方が、我慢しなければならない分、自分が損だ。
危うく流される所だった…とこっそり胸を撫で下ろし、気を取り直して王子さんに向き合った。


「エイプリルフールっつーんだろ?無理して下手な嘘吐いてんなよ。」


その下手な嘘で盛大に傷付いたことは黙っておく。……何か悔しいからな。


「…………ぃもん。」

「あ?」

「嘘じゃないって言ったの!!」


何と言ったか聞き取れなかったので聞き返したら……王子さんがキレた。


「え、ちょっ、おい、王子さん!」

「出てってよ!ロイの馬鹿!!」

「痛っ!殴んなって!ってか話聞けよ!!」


最早、説明している余裕なんか何処にもなかった。
キレた王子さんとそれを宥める俺、もしくは俺を追い出そうとする王子さんと何とか踏み止まろうとする俺の攻防は激しさを増し―――というか、王子さんのテンションが一方的にエスカレートしてるだけだが―――手やら足やらが出始めた。大したダメージではないが、三節棍を持ち出される前に止めないと真剣にヤバい。


「ロイなんか嫌い!本当に嫌いなんだから!!」

「解った!解ったから落ち着け!!」

「嫌い!大っ嫌い!!ロイなんか、ロイなんか―――」


その時、ドォン、と腹の底に響くような音が鳴り響いた。

正午の合図だ。

エイプリルフールは正午まで。
呆気に取られて固まる王子さんに、俺もようやく肩の力を抜いた。


「………で?」

「ぅえ?」


よく見ると王子さんの目には涙が溜まっていて、今にも溢れ落ちそうだ。


「俺なんか、何?」

「! ……っだ、大好き……う、ぅぅ〜…。」


―――他人にも自分にも害与えまくりじゃねぇか……。
ついに泣き出してしまった王子さんの涙を拭いながら、此処にはいない、この騒動の元凶に心の中で毒吐く。本人にそのつもりは無かったのかもしれないが(いや、解っててやった可能性大だが)、ささやかな悪意は、しかし甚大な被害をもたらしてくれた。


「ご、ごめんね、ロイ…ごめんね……」

「…もう良いって。謝んなよ。」


何度も何度も謝罪する王子さんにそう言って、銀色の頭を抱き寄せた。
俺の胸にぐりぐりと額を擦り付けながら、それでも尚詫びの言葉を口にする王子さんに、疲労により短くなった(元々からして長くはない)俺の堪忍袋の緒は容易に切れた。


「あーもう!謝るなっつってんだろ!!もう良いから、それより―――」


好きって言えよ、と耳の中に直接注ぎ込むように言えば。
俺の胸から顔を離し、腕の中から此方を見上げて、


「……好き」


小さな小さな声で、けれどはっきりと呟いた。


「好き…好きだよ、大好き。ロイが、好き。」


そしてそれを引金に、沢山の『好き』が紡がれる。
とめどなく溢れるその言葉を、紅くなった目元から顔の輪郭に沿って手を滑らせ、いつの間にか再び滲み始めた涙を口唇で吸い取り、沈黙させると、


「俺も好きだぜ、王子さん。」


そう告げて、ゆっくり口付けた。
半日振りの口唇は、塩辛くて甘かった。





 ***





あの後、エイプリルフールの正しい説明をしてやると、ミアキスはもう一つ、とんでもない嘘を王子さんに吹き込んでいたことが発覚した。
曰く、『正午までに嘘がバレると、その嘘が現実になる』とか。
王子さんが嘘じゃないと必死になって言い張っていたのは、こっちが原因だったようだ。
それを言われたのが朝食後だったらしいので、恐らくは朝一番の俺達のやり取りを見て、面白がって追加したんだろうが……。


「ミアキス、てめぇ……。」

「ちょっとしたお茶目じゃないですかぁ。そんなに怒らなくても。」


結局昼食を食いっぱぐれた俺達が、空腹を満たしに来た食堂へ狙い澄ましたかのように現れたソイツに怒りをぶつけるも、意に介した様子は全くない。


「そ・れ・に、二人の仲がより深まったんじゃないですかぁ?」


言いながら、俺と王子さんを見比べ、ニヤリと笑う。
途端に顔を真っ赤に染め上げ、動揺する王子さん。服の下には、沢山の真新しい鬱血の痕が隠れている。その内の一つだけ、俺が目測を誤ってしまったものが顔を覗かせていた。(それだけ盛り上がってたんだよ!)


「うふふ、御馳走様ですぅ。」

「み、ミアキスっ!」


度重なるセクハラ発言に、耳どころか首まで真っ赤に染めた王子さんが堪らず声を荒らげた。
……やっぱり、不敬罪で一度処罰しておいた方が良いんじゃないかと思う。


「でもね、ミアキス。あながち嘘でもなかったよ?」

「えっ?! じゃあ、お願い事、叶ったんですかぁ?」


まだ赤みの残る顔で言った王子さんの言葉に、ミアキスが食い付いた。


「何をお願いしてたんですかぁ?」


……それは、俺も気になる。

しかし、王子さんはふわりと微笑むと、


「秘密だよ。」


と、そう答えた。
えぇ〜、気になりますぅ!と喚くミアキスに、表立っては癪なので心の中でひっそりと同意する。

まぁそれでも、王子さんが幸せそうなら、それで良いかと。
ミアキスと戯れ合うその笑顔を見て、柄にもなく、そう思った。







四月一日の恋人













「願い事?」

「そうですぅ。あ、でも、お願い出来るのは一つだけですよぉ?」

「願い事……願い事かぁ…。」


これと言って思い付かないけれど、


(……ロイが『好き』って言ってくれたら、それで良いかな。)




<< >>
back top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -