夜の城内の警護の為に、同僚のミアキス殿と2Fに上がったところで、奇妙な光景に出会した。


「あれ?リオンちゃん、どうしたの?」


この城の主であり、俺たち女王騎士の守るべき対象であり、そして今自分が呼ばわった少女が忠誠を誓う、王子の部屋の前。
扉の取っ手に手を掛けた状態で、件の少女は固まっていた。


「何かあったんですかぁ?」


ミアキス殿も不思議に思ったらしく、彼女に声を掛け近付いていく。と、扉の前、少女の斜め後ろ辺りで彼女の足が止まり、少女同様まったく動かなくなってしまった。


「え、ミアキス殿まで?何かあるんですかー?」


いよいよ不審に思い、自分も彼女達の傍―――王子の部屋の扉に近付くと、


『あっ…ん……やぁ!』


中から聞こえてきたなまめかしい呻き声に、全身が硬直した。
まさか、これは、もしかしなくても……え、嘘でしょ?王子が?誰と?っていうか王子が喘いじゃってるんですけど?!え、まさか男同――っ?!

そこまで考えたところで、目の前の少女―――リオンちゃんが、ギギギ、と音がしそうな程ぎこちない動作で此方を振り返った。


「あの…あの……私、王子にお休みのご挨拶をと、思って……」


可哀想なくらい顔を真っ赤にし、目には涙を溜めたまま、懸命に言葉を繋いで説明しようとしている。
……うん、何となく状況は解ったよ。
隣のミアキス殿も大体理解したらしく、リオンちゃんの頭を撫でながら、(彼女にしては珍しいことに)優しく宥めている。


「す、すみません、ミアキス様…。」

「良いのよぉ、リオンちゃん。」

「……俺達もびっくりだしねー…。」


扉の向こうからは、未だ止むことなく嬌声が響いている。が、王子の声しか聞こえず、相手の正体がさっぱりだった。
どうやらミアキス殿も同じことが気になったらしく、リオンちゃんを慰めつつも徐々に扉の方へ耳を近付けていく。


『はぁん……やっ…そんなとこ…!』


そんなとこって何処ですか。


『あ、それ、は…まだ…待ってぇ……』


それって何れですか。


『あぁっ……そ、こ、だめぇ……!』


だからそこって何処ですか?!

こういうことには慣れているが、いざ他人の、しかも尊敬する王子の濡れ場に遭遇すると、やはり気まずい。更に盗み聞きとなると、居たたまれなくて仕方ない。
と、その時、王子の口から意外な相手の正体が明らかになった。


『やっ…ロイ……待っ…!』


ろ、ロイ君?!

えぇーーーっ!!という叫びを三者三様に手の平で押さえ込み、互いに目を見合わせた。


(ちょっと、これってどういうこと?ロイ君って、いっつも王子のこと鬱陶しそうにしてなかったっけ?)

(わ、解りません……。でも確かに王子はロイ君のこと、すごく好きみたいでしたけど…。)

(ってことはぁ、ロイ君のあの態度は演技ってことですかぁ?)

(何で演技なんてする必要があるんでしょう?)

(それはほら、照れ隠しとかじゃないですかぁ?)

(はぁ…。)


確かにロイ君の性格的には非常に有りそうな理由ではあるけど、何となく腑に落ちない。あれで意外と独占欲が強そうな気がするし、どっちかというと意図的に大衆の面前で暴露しそうなタイプだと思うけど……。
と、そこまで考えて、ある可能性が頭をよぎった。


(もしかして、恋人同士の夜の営みじゃなくて、単にマッサージしてるだけとかじゃないのかな?)

((マッサージ??))


俺のその言葉で、三人で王子の台詞を思い出してみた。


『そんなとこ』
『それはまだ待って』
『そこは駄目』


(うーん……そう言われてみれば、そんな気もしないでもないですねぇ…。)

(ねー?ほら、王子って結構敏感だし。)

(そういえばそうですね!陛下に教えて頂いたんですけど、王子がまだお小さかった頃、髭のチクチク感が嫌でフェリド様に抱かれるのをとても嫌がっていらっしゃったとか…。)

(姫様に脇腹を擽られて、死にそうになってたこともありますよぉ。)

(ほらねー、やっぱり。)


何だ、良かったー。と三人揃って胸を撫で下ろす。
大体、こういう展開の場合、実はマッサージでしたがセオリーなのだ。ちょっと考えれば分かることだったのに、王子の声があんまりにも色っぽくて、うっかり勘違いしてしまった。


『はぅ…だ、め、そこ……痛ぁ…』

『…何言ってんだ、痛い方がイイ癖によ。』

『やぁ…そんな、こと……っあ…』


先程までの気まずい空気が一転、微笑ましい気持ちで聞き耳を立てていると、ここにきて初めてロイ君が言葉を発した。


(あー、やっぱり面倒臭そうな言い方だねー。)

(良い加減、我慢の限界だったんでしょうねぇ。)

(ロイ君こそ、良い加減、王子に対してああいう言葉遣いは止めて欲しいですね!)

(まぁまぁ、リオンちゃん…。)


『くぅ、ん……も…やぁ…』

『…本当に嫌なのかよ?』

『…そ、それは……んっ!』

『イイならイイって正直に言えよ。じゃないと止めるぜ。』

『あっ…や、やだ……止めないで…!』

『だったら、正直に言えよ。』

『ひぁっ!……あぁん…やぁ…き、もちいぃ……!』


どうやらロイ君は随分とマッサージが上手いらしい。
他人に触られると擽ったがって逃げ惑う王子が、大人しく身体を触らせている。処か、止めないで欲しいと懇願する程。
痛気持ち良いはマッサージの極意だが、それも体得しているようだし、今度自分も肩揉みぐらい頼んでみようかという気持ちになってきた。


『はっ…ロイ……僕、もぅ…我慢、できな…っ…』

『ちっ…しょうがねぇな……。』


(そろそろ終わりでしょうか?)

(みたいですねぇ。)

(気持ち良いのと擽ったいの板挟みが限界にきたんですかねー?)


終わったらこの扉を開けて、ロイ君をからかって(リオンちゃんは文句を言って)、皆で王子にお休みの挨拶をしよう……とこの後の予定を頭の中で組み立てる。
だが、『あぁ気持ち良かった。』とか『ごめんね、ロイ。ありがとう。』とか、終わりを告げる言葉が王子の口から紡がれることはなかった。


『いくぜ……力抜いてろよ。』

『う、ん……』


力抜く?何で?


『…あっ…あぁぁぁっ!』

『くっ……キツ…!』

『ふぁぁ……ロイ…ロイっ…!』

『…っ……悪ぃ、王子さん……優しく出来ねぇ…!』

『えっ…?……あぁぁっ!やぁっ……は、げし…ぁっ…』


激しいって何が?
…え、まさか。まさかね。


『はぁっ…ロイ……気持ち、いいよぉ…!』

『王子さん…っ!俺も、イイぜ…。』

『きゃ、ぅぅ……奥っ、奥に…当たってぇ……やぁぁん…!』


ふと、ミアキス殿と目が合う。


『はん…ぁん……ろ、ロイぃ……もぅ、もぅ…』

『はっ……イクぜ、王子さん…』

『ひぁっ!あっ…あぁぁっ……ロイ、ロイっ…!』


そのまま、こくりと頷き合うと、


『あぁぁっ……もぅ、だめぇっ…!!』


(良い加減遅いですね。もう開けちゃっていいですかね?……って、ちょっ、えぇぇ?!)


リオンちゃんの手を掴み、全速力でその場を離れた。


『はっ…はっ……あ、あぁぁぁぁ―――っっ!!』

『う、くっ…!』

『あ…ふぁ……熱ぅ…』





 ***





翌日。


「おはようございまーす。王子ー、朝ですよー。」

「ん……あれ…カイル…?」


昨夜の情事の痕跡を微塵も残さない王子の居室に感心しつつ、寝台で安らかに眠る王子を揺さぶり起こす。


「はーい、その通りでーす。おはようございますー。」

「おはよう。……リオンは?」

「寝癖がどうしても直らないらしいですよ。」

「?…ふーん。」


リオンちゃんは……王子にどんな顔をして会ったら良いか解らないらしいです。とは流石に言えず、適当に誤魔化しておく。
取り敢えずですね、王子、


「…寝る前にあんまり激しい運動はおすすめしませんよー。」

「うん……って、えっ?な、何…?!」

「さぁ、早く朝御飯食べに行きましょー!」

「え、えぇ?ちょっ、カイル!今のは…?!」


真っ赤になって狼狽える王子の様子に、可愛いなぁと癒される反面、食べられちゃったんだなぁと無性に泣きたくなった。

正直、ロイ君をしばき倒したい気持ちで一杯なんだけど。
今日の鍛錬で、ミアキス殿とリオンちゃんから私刑に遭うだろうことを考えると、やっぱり自分くらいは味方になってあげないと可哀想かなーなんて思ってしまったりもする。(多少のとばっちりは覚悟の上だ。)

まぁでも、王子もロイ君のことが好きな訳だし、王子の為にもロイ君を庇ってあげる人は必要だろう。特に、これからは。
まずは、ああいう行為は皆が寝静まってからするように言っておいてあげよう。
……サイアリーズ様にバレて殺されないように。






セオリー通りにはいかないもので






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