「しっかし、ソルファレナってのは綺麗な街だな。」
船着き場の塀の上、ソルファレナの街を一望出来る、リオンと見つけた秘密の場所。……と、小さい頃は思っていたのだが、見張りの兵士は大抵知っているようだ。
そこにロイと二人、座って街の方を眺める。
「レインウォールも綺麗な街だよ。」
「金持ちが住んでるとこだけな。貧民街は見れたもんじゃねぇぜ。」
ロイが忌々しそうに言う。まぁ、それも当然だけど。
あの街は、庶民を顧みない。と言うより、貴族以外を住民と認めていない節がある。
そういえば、
「…行ったことないな。」
「何が?」
「レインウォールの貧民街。」
「……行きたいのか?」
「うん。」
バロウズ家の屋敷で厄介になっていた時は、戦やロードレイクのことでバタバタしていて、レインウォールの街自体ゆっくり見ていない。表通りから外れたスラム街なら尚更。
「辞めとけ、あんなとこ。」
「何で?」
「アンタには合わねぇよ。」
「ちょっと見るだけなのに合うとか合わないとかあるの?」
ロイの言い様に、ムッとして言い返す。するとロイが面倒そうに溜め息を吐いた。……もしかして、まだ王族がどうとか言うんだろうか。
生まれなんて関係ないのに。少なくとも、僕にとっては。
「じゃあ何で王子さんは、あんなとこ行きたいと思うんだ?汚ぇだけで、なーんも無いぜ。」
「だって、」
言葉を切って、顔をロイの方へ向ける。ロイも、視線を僕へと向ける。
「ロイが育った街だから。」
そう言って、数瞬見詰め合う。
と、不意にロイがガックリと項垂れながら大きく溜め息を吐いた。
「……やっぱアンタ来んな。」
「何で?!」
今のは絶対認めた(もとい諦めた)雰囲気だったのに!
「言っただろ。王子さんにゃ合わないって。」
「だから合うとか合わないなんて…」
「あるんだよ。」
先程の問答を繰り返すロイに苛立ち紛れに抗議すると、それを遮るようにロイが一蹴した直後、
「…わ。」
視界が反転した。
「アンタにゃ合わねぇよ。」
「ロイ…?」
そのままロイの顔が近付いて、口付けられる。
背中に当たる石の冷たさと対照的に、唇はとても熱かった。
「……アンタは、綺麗だからな。」
「?………ぁ、」
一瞬何を言われたのか分からなかったが、先程の会話の続きだと理解した途端、恥ずかしさが込み上げてきた。顔に熱が集まるのを感じる。
「……恥ずかしいから、退いてよ。」
「良いじゃねぇか、ちょっとぐらい。」
ロイの胸を押して退けようとするも、面白がったロイは一向に退く気配がない。処か、更に上から圧し掛かってきた。
僕の肩口に顔を埋め、首筋を舐めてくる。
「ちょっ……何してんの!」
一応抵抗するが、重力を味方につけたロイに勝てるはずもない。……僕も、本当は嫌ではないし。
「〜〜〜っもう!いい加減に……」
流石にこれ以上は不味いと思い、渾身の力で押し退けようとした瞬間、思考が停止した。
「………王子さん?」
急に静かになったのを不審に思ったのか、ロイが顔を上げて声を掛けてきた。
「どうかし…」
「空。」
「……へ?」
「…えいっ!」
「どわっ!?」
ロイが油断した隙に、体勢をひっくり返す。
「…見えた?」
「………あぁ。」
ロイの視界を塞がないように上体を少し起こして聞く。珍しく素直に答えたロイに、思わず笑みが溢れる。
もう一度自分も見たくなって、ロイの隣に寝転ぶ。
「……凄いね。」
見上げた先にあるのは、視界いっぱいに広がる満天の星。
「…何だか、降ってきそう。」
「ゼラセに言えば、本当に降らせてくれるかもしれねぇぜ?」
「……死んじゃうよ。」
頭の片隅にかの人が放つ魔法の凄まじい威力を思い描き、知らず目が遠くなる。………あぁ、折角の雰囲気がぶち壊しだ。
もう、と呟き少しむくれながら隣へ首を巡らすと、ロイの横顔が目に入る。その金の瞳に星が映りこんでいるのが微かに見てとれた。
もっとよく見たくなり、上体を少し起こして近付く。
「何やってん…」
「動かないで!」
「はぁ?」
こちらへ顔を向けようとするロイを制し、見やすい位置を探す。
「…………わぁ。」
丁度良い位置を見つけ、ロイの瞳を凝視する。
金の瞳に無数の星が瞬く様は、言葉を失う程。
(………すっごい、綺麗……。)
そうして、しばらくの間見惚れていると、堪えきれなくなったのかロイが顔ごとこちらを向いた。
「……で、これが何なんだよ。」
「あ、うん。ロイの目に星が映って綺麗だなぁって。」
「……それだけか?」
「? うん。」
説明すると、何故か両手で顔を覆って本日三度目の溜め息を吐かれてしまった。……何か可笑しなことを言ったんだろうか。
「……………………勘弁してくれ。」
「え、何て?何か言った?」
声が聞き取れず聞き返すと、またも視界が回る感覚。
「俺も見たいっつったんだよ。」
「え、でも、」
「良いから上見とけ。」
瞳の色が違うから、と言おうとして、やっぱり辞めた。言われた通り、大人しく空を見詰める。見られていると思うと、確かに少し緊張する。
(ロイ、今僕の目見てるんだよね。……瞬きしても大丈夫、かなぁ…?)
そんなことを考えていると、おもむろにロイが覆い被さってきた。視界がロイで塞がれる。
「ロイ?」
「……俺は、やっぱこっちのが好きだな。」
「何のこと?」
「分からねぇなら、別にいい。」
そう言って近付いてくるロイの顔。
少しずつ伏せられていく金色を見て、ようやく意味を理解した。
(あぁ、そういうこと…。)
目の前(比喩じゃなく)に迫った金の瞳に、蒼い色が映り込んでいる。―――僕の瞳だ。
(……これって、もしかして照れ隠しなのかな?)
いつもより少しだけ乱暴な口付けを受けながら、ふとそんなことを考える。
でも、どちらかと言えば僕が照れる場面じゃないのかな。僕の瞳に、星よりも自分が映っている方が良いだなんて、そんなの
(……僕はロイしか見てないのに。)
取り敢えず、キスの後に言わなければ。
素直じゃない彼が、熱烈な愛の告白をくれたのだから。
星の数よりまだ恋し(愛してる、よ。)
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