王子さんの部屋に遊びに行くと、先客がいた。


「あ、ロイ!」

「お先にお邪魔してますぅ。良かったら、ロイ君も如何ですかぁ?」


何のことかと近寄ってみると、ミアキスは籐編みの籠いっぱいの飴を持っていた。


「こりゃまたカラフルだな。」

「色んな味があるんだよ。」

「皆さんに配ってるんですぅ。ロイ君もどうぞぉ。」


促されて籠の中を見てみると、目移りしそうな程たくさんの飴。


「王子さんは、どれ貰ったんだ?」

「僕?僕はね、苺味とレモン味のだよ。」


そう言って開いた手の中には、鮮やかな赤と黄色。
ふーん。と呟いて俺も籠の中を物色する。と、


「……お。」


透き通った水色が目に飛び込んできた。
思わず手に取ってまじまじと見つめる。


「それはソーダ味ですぅ。」

「ふーん……。」


陽に透かすと淡く輝いて見えるが、上から覗き込むと存外深い色をしている。

……何か王子さんみてぇ。


「えーと、これ、美味いのかよ?」


一瞬頭をよぎった恥ずかしい考えに急いで蓋をし、思考を切り換えるべく質問をする。


「もっちろんですぅ。」

「……じゃあ、これ。」


そう言ってこの件は終りだと思ったのに、何故かミアキスが喰い下がってきた。


「えー、1つで良いんですかぁ?」

「…んだよ。良いだろ別に。」


嫌な予感がして、乱暴な物言いでミアキスを突き放す。
その妙なにやけ方が不審なんだよ。


「もう1つ、どうぞぉ。」

「………。」


しかし相手はこれっぽっちも堪えた様子もなく(当然だ。図々しさにかけてなら、ミアキスに勝てるのはあの胡散臭い軍師位しかいないだろう)、籠をずいっと差し出した。
………目が異様な光を放っている。気がする。


「あー、じゃあ、もう1個だけ……。」


これ以上引っ張ると禄なことが起こりそうにないので、大人しく飴を頂くことにした。
とにかく早くかつ穏便に追い払うのが得策だ。

妙に楽しそうなミアキスの視線を無理矢理無視して、再び籠の中を物色する。
しばらく飴の山をかき混ぜていると、底の方から顔を出した色に目を奪われた。


「なぁ、これは?」


それを手に取ってミアキスに尋ねる。


「それは薄荷味ですねぇ。」

「……げ。」


思わず嫌そうな声が出てしまった。
……あの薬っぽい味は、あまり好きじゃない。


「ロイ、薄荷嫌いなの?」

「あー、ちょっとな。」


それまでニコニコしながら傍観していた王子さんが、久し振りに会話に参加する。
その顔は何処となく嬉しそうだ。……理由は大体想像付くけど。
大方、俺の好みが分かったことが嬉しいとかだろう。


(本当、可愛い奴。)


真っ白い飴玉。
陽に透かすと、白銀に煌めく。


「葡萄味なんかも美味しいですよぉ?」

「いや、……これで良い。」


先程貰った青色と共に、手の中に収める。


「良いんですかぁ?薄荷ですよぉ?」


さも親切そうに聞き返しながらも、ミアキスのにやけ笑いは益々深くなる。
……クッソ、結局コイツの思惑通りなんじゃねぇか。


「良いっつってんだろが。別に食えねぇわけじゃねぇよ。」

「だったら良いんですけどぉ。……あ。」


何事かを思い付いたらしいミアキスの様子に、再び嫌な予感。


「そういえば、ロイ君の選んだ飴の色、王子の髪と瞳の色みたいですねぇ?」

「んなっ!?」

「……え?」


一瞬で顔が沸騰したのが解った。反論しようにも言葉が見つからない。(だって図星だし)
隣では王子さんが目を丸くして、此方を見詰めている。


「じゃあ私は他の方にも配って来ますねぇ。」


俺が口をパクパクさせている内に、ミアキスは愉しくて仕方ないという顔をして、ごゆっくりぃ〜 なんて抜かしながら出ていった。
後に残されたのは、顔を真っ赤にした俺と状況がいまいち解っていない王子さん。
襲い来る羞恥のせいか、沈黙が気まずい。


「えーっと、ロイ?」


微妙な空気に堪り兼ねた王子さんが俺に声を掛けてきた。


「……あのね、」

「あー、王子さんさぁ、」

「え?」

「……薄荷、食べれる?」


しかし何を言われるか気が気じゃない俺は、思わず王子さんの台詞を遮って話しかける。


「? うん。僕は結構好きだけど……。」

「……やるよ。」


その返事を聞いて、王子さんの手の上に白い飴玉を押し付ける。


「え! で、でも悪いよ。」

「いーんだよ、別に好きじゃねぇし。」

「じゃあ、やっぱり別の味貰った方が……。」

「あーもう!良いっつってんだろ!」


急にキレ出した俺に吃驚した王子さんの腕を掴んで、思い切り引き寄せた。


「ぅえっ!?」


変な声を出しながらも、飴を落とさないよう死守する王子さんの腰に手を回して、抱き寄せる。


「なななな何?!」

「黙ってろ。」

「ロ――――っ!」


真っ赤に染まる頬に手を添えて、唇を重ねる。
ぶっちゃけ自棄だ。照れ隠しとも言う。


「んぅ〜〜〜っっ!!」


王子さんが抗議の声(多分)を上げている。
色気の無ぇ声、と思ったけど、今はかえって気が楽だった。


「ぷはっ! っもう、何?!」

「交換なら良いだろ。」

「………は?」

「だから、飴とこれ。交換ってことで。」

「なっ!?」


意味が解らず首を傾げる王子さんに、これ、と口唇を指差しながら言うと再びその頬が紅潮する。
先程の俺と同じ様に口をパクパクさせているが、その姿は何だか妙に可愛い。


「ゴチソーサマ。」

「〜〜〜〜っっロイ!!」


王子さんの怒声に追われるように、そのまま部屋から逃げ出した。
走って走って、足を止めた時には、何だか清々しい気分だった。
吊り橋の上から見る太陽は、橙色に変わりつつあった。


「………あ。」


ふと思い出して手を開くと、そこには淡い水色の玉。
指で摘まんでオレンジの陽に透かしてみると、あの蒼い瞳に灯りが映り込んでいる時のような色合いになった。


「………ま、いーか。」


少し悩んだ末、それを口の中に放り込む。

爽やかな、けれど意外と後を引く甘さだった。







Candy Pop in Love




そして、


「ロイの馬鹿……。」

(話も聞かないで出て行くなんて……。)


ロイが飛び出して行った扉を一瞥して、溜め息を溢す。
手の中には、3色の飴玉。
その内の1つを摘まんで持ち上げる。


「茶色だったら、喜んで貰ったんだけどなぁ。」


呟いて、その白い玉を口の中に放り込む。
薄荷の爽やかな味が口中に広がる。

清々しくて、刺激的で、ほんの少しだけ甘かった。






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