32.いつかの王子様
暖かい草原で、オプティマスは目覚めた。
傍らに倒れている男の髪の色は、銀色だった。
「────…メガトロン」
むくりと起き上がったメガトロンが辺りを見回した。そして、オプティマスで視線を止める。
『…久しぶりだな』
焔色の瞳は懐かしいような、新しいような、そんな感覚だった。
「いつまで此処にいるつもりだ、メガトロン」
『…………』
そよぐ風は春のように花の香りをはらんでいて、心地よかった。
「ここは遙か昔の故郷を思い出すな」
オプティマスが、空を仰いだ。
「もう、過去に縛られることはない。お前はもう──騎士ではない」
真っ直ぐに向けられた視線を、メガトロンは逸らすことなく受け止めた。
『──…いや、昔の俺ではなくとも─、世界は俺のものだ』
大真面目な顔をしてそう言ったメガトロンに、オプティマスは笑った。
「しつこいな」
『俺が帰れば、また世界は荒れるぞ』
今度は、メガトロンが笑った。
「──その時は、私が守る」
ああ、と空を仰ぎ仰け反ったオプティマスを、ただじっとメガトロンは見つめた。
『…何故お前が此処にいる』
ん、とオプティマスは空から視線をはずし、眉を下げる。
「迎えに来たんだ、レイラがアークに帰ってこないのでな」
誰かが縛り付けていたせいで、と付け加えたオプティマスに、眉をしかめた。
『………………』
身を起こしたオプティマスがため息をつく。
「…彼女のもとに帰ってやってくれないか」
『…………』
「お前が帰らんなら、また私が…」
『貴様には渡さん』
間髪入れずに遮ったメガトロンに、オプティマスは再び笑った。
「ああ、だが幼い頃レイラは、私に結婚を申し込んできたからな」
『─む、』
「だから言った。
"誰ももらってくれなかったら迎えにいく"と」
オプティマスが立ち上がる。
「お前は行け、新しい世界へ」
『…………』
「もう未来は始まっている」
『………』
「お前が堕ちて眠っている場所が同じ星であるように願っている。我々は、いつまでも、待っている」
『…お前は──、どこへ行くんだ』
「…迎えにいく。お前の代わりに」
『……』
「約束、したからな」
そう言って消えていったオライオンだった男。
『───…うらやましいな、王子様』
さて、俺も行かなくては。今度こそ。
ずっと泣いていた。探しても探しても、どこにもメガトロンは居なかった。前にもこんな思いをした記憶がある。どこでだかわからないけれど。さまよい続ける私は、多分ずっとこのままなんだろう。
みんなが恋しい。
夜勤のバリケードに缶コーヒーを奢って、ボーンクラッシャーが作るおいしいチーズオムレツ、スコルポノックを抱っこして、毎日つもる仕事に、マギーとブラックアウト二人で、文句をたらたら洩らして。デバステイターのお料理の試作品をたくさん食べて。
教会で、子供に絵本を読んできかせたい。プライマス教会は、木漏れ日があったかくて、好き。
教会、───
「われらは、しゅのはからいと、ごはしらのかみのおこないにひびかんしゃをささげ、」
褒められたくて、ただ褒められたくて、聖書を覚えた。そうだった。
背伸びばかりして。
「だーくないとは、わるいやつ!!おれめがとろんきらいだ!!」
ちがうよ!
「ちがうよ!!だーくないとは、かなしい、めがとろんはかなしいかみさまなんだよ」
本当は優しくて──
銀色の髪を揺らして─
「レイラへんなの!!」
「だーくないとがなんでかなしいんだよー」
わからないけれど…
「わかんないよ、おとなじゃないから、わかんない!」
「よしよし、わかったから静かにおし」
アルファートリン神父、
「アルじいちゃん、ほんとだよ?ことばがおもいつかないけど、わるいひとではなかったの、ほんとだよ?」
「わかった、わかった」
───此処、どこなのかな。
「…レイラ…」
誰かな。
「またここにいたのか、レイラ。みんなが待っているよ、帰ろう」
教会の入口で待つ、その群青色の髪の少年の手をとった。導いてくれる優しくて温かい手は、知っているみたいで、知らない。
でも、そうだった。
ずっと迎えにきてくれたオプティマス。そうだ、私、帰らなきゃ、
あの世界に。
あの人が帰ってくるかもしれない。
「ありがとう、いつも迎えに来てくれて」
あの世界に。
何でだろう、涙が止まらない。
届かない思いをこの空にあずけよう。さよなら、メガトロン、
私、生きなくちゃ。
生きるね。あなたが消えるまでして
助けてくれた命。
使い方を間違っちゃいけない。
「───皆が待ってる。アークへ帰ろう、レイラ─」
「うんっ…!!────」
Beautiful Nightmare
───final───
変な話だけど
こんな年になってまで
迎えが来ないと
帰れなかった私は
本当に変な話だけど
何ひとつ現実には
残せなかった
恋愛を
夢の中で
自分なりに
懸命にもがいて
経験した
思い出の品物も
証人さえいない
儚すぎたから
美しすぎたから
いまだに恋しいのか
夢を見なくなって
もう半年が
過ぎ去ろうとしているのに
結局 ただ
会えなくなっただけで
毎晩会いたいのには
変わりなくて
やっぱり失恋って
何歳になっても
辛いなと実感した
「─そして灰かぶりと王子様は、いつまでもいつまでも、幸せに暮らしました」
教会での昼下がり。うっとりとした表情で、絵本の中のお姫様を指で撫でた少女は、半年たって仕事に復帰したレイラが読み聞かせに訪れる日は、熱心に通っている。
「やっぱりおねえちゃんがよんでくれるのがいちばんすき!」
くるくるとした大きな瞳が愛らしい。
「─最近フレンジーこないね?」
いつも夕飯時まで連れ添っていたフレンジーが、最近読み聞かせに来ないのが何となく気にかかっていた。
少女の表情が曇る。
「─…もらわれていったの、ふれんじー」
「…そうなの?」
力なくうなづいた少女に、目を丸くして答えた。里親が出るなんて、アークでは稀だ。
「さみしいのね?」
涙を浮かべた少女を、抱き締めた。
「ううん、ふれんじーがもらわれていったのは、とってもいいことだから、よかったねって、いわなきゃいけないの」
少女を抱き締める。柔らかい幼髪が揺れた。それを指で撫でた。
「もう、あえないのかなあ、ふれんじー」
「会えるよ、きっと」
「ほんとう?」
「うん、本当」
「もらわれるひに、ずっといっしょにいるぞって、ふれんじーいったの」
「うん」
「だからね、わたしがんばるの、こころのなか、ずっといっしょにいるからへいきなの」
思わず、涙が出てきた。
駄目だ、こんなところにまで自分を重ねるなんて、どうかしてる。
「…うんっ…」
おねえちゃん?と見上げてきた少女は、頬に流れる涙を指で拭いた。
「どうしてなくの?おねえちゃん、わたし、わたしはだいじょうぶだよ!!」
「うん、ごめんね」
会いたい、メガトロン…
「ごめんね、おねえちゃん、わたしだいじょうぶだよ!」
抱き締める腕の力を強めた。
「私には素直に何でも言っていいんだよ。よかったねって、いいたくなかったら言わなくていいの。私は神父さまじゃないから、プライマスには内緒にしておくから」
涙がたまる少女の瞳は、きらきらしていた。
「う、」
「大丈夫よ、大丈夫」
うわあああん、と大声で泣き出して抱きついてきた少女の頭を、優しくなでた。
「さみしいよぉ、うわあぁん」
「うん、うん」
「ふれんじーにあいたいよお……」
さらに泣いている少女を抱き締めた。
「それでいいんだよ」
どうか、何も伝えられない私みたいな大人にはならないで、私は、一度も好きだと言えなかった。
夢の中でさえ。
後悔する事といえば、それだけ。
言っていれば、迷わず彼がここに、帰ってきてくれたかもしれないのに。
約5ヶ月、レイラは仕事を休んだ。一度解雇扱いになり、そして再就職という形にしてもらった。
新館長は、スクランブルシティの公文書館から派遣されてきたおじさんだった。なんでも、国家の最高機密のデータを盗まれたらしい。それで役職をほされたのだとか。
…大丈夫なのかわからないが、とりあえずレイラは残業しなくてもいい立場になった。
「だいたい、あの規模に対してスタッフが少なすぎるのよ!!国立なのに」
グレンの店で、マギーはまたしても残業になったことを怒っていた。
「シワが増えるよ、マギー」
ボーンクラッシャーが優しくそう言っても、マギーはそっぽを向いた。
「いいじゃねえか、レイラは復帰したんだしよお、俺の飯は評判がいいんだから」
デバステイターが噛みタバコを落とさないようにひょふひょふと喋り、バリケードとダーツをしているのを、美男美女が睨みつける。
「そういう問題じゃないわよ「そういう問題じゃない」
ブラックアウトと、マギーの声が重なった。
膝に乗せたスコルポノックとメニューを見ていた視線を、彼らに移してレイラは笑った。
「まあ、まあ」
その傍らでは、グレンが懸命にキーボードをせわしく叩いている。
いつも通りの日々が戻った。
少し優しくなれた気がするのは、きっと心の中に彼がいるからだ。
何かを考える隙が出来ると、夢に引き戻されてしまう自分は、いつまでたっても成長しない子供みたいだと、レイラは思った。
「レイラ?」
マギーが隣で、心配そうに覗き込んでくる。いけない、またぼうっとしていたらしい。
「大丈夫?」
その問いに、笑顔で頷いた。
マギーには、仕事に復帰してすぐ、全て話をした。時々信じられないという顔をしながら、けれど彼女はそれを真面目に聞いてくれた。
「ああ、そういえばレイラ、あれ、"転生の儀"に着て行く服、もう決めた?」
「あ、えっと、ううん、まだ…」
「もうすぐなのに。当日は公休希望出しといたから、明日選びに行きましょ」
転生の儀、そうだ。
この半年で、レイラは20歳になって、未成年ではなくなった。
「ありがとう、マギー」
本当になにも変わってなくて、不安だ。大丈夫なのかな。
「ドレスを着るの?」
「わかんない」
ボーンクラッシャーの問いに、レイラは困ったように微笑んだ。
「ダメよレイラ、着なきゃ。たくさん着飾った二十歳がくるのよ、スクランブルシティの大聖堂に」
「一生に一回の儀式だからな」
マギーがそう言うと、ブラックアウトが頷いた。
「…いや、似合うかな、私」
「…そのためにやりすぎたんだろ、ダイエット」
「いや、違うけど」
バリケードの問いに、レイラは首を振った。
「何でもやりすぎはよくねえなァ、俺ァ我慢しねえけど」
「あなたは我慢しなさすぎなのよ、グレン」
「黙ってろこの犯罪者!!」
このやりとり、なんだか前にもあった気がする。笑って、笑って。
そうやって日々がすぎていく。
全部夢に出てきたあの人に見せてあげたいものばっかりで、見るもの全てが涙でかすむ。
もっとたくさん教えてあげれば良かった、帰ってきてくれるように。
世界はこんなに素敵なんだって。
時を越えても変わらない想いは確かにある。
あの夢で知ったのだ。
この世界には、目に見える以上に素晴らしくて、信じてもいいと思えることがたくさんあるということを。
「じゃあ、また明日な」
「ありがとう、バリケード」
送ってくれたバリケードのライトスピードは、速くて夜風が気持ちよかった。
───今夜も、密かに、
また祈りながら眠りにつく。
夢で会えたらなんて、もう願わない。
どうか、あの人が辿り着いた場所が、
優しい世界でありますように────