実写パラレル/美しき悪夢 | ナノ
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33.蒼き夢の終わりに

マギーの選んでくれたパーティードレスはレイラの肌の色に一番合う色なのだそうで、ミルクブルーの柔らかな生地だった。本当はもっと短い丈のワンピースだったが、流石に短すぎて、一つ長い丈のものを選んだ。
今日は、朝から色々な方面からおめでとうの電話がかかってくる。午前の便のシルバーボルトでスクランブルシティへ向かう予定だ。バンブルビーとターミナルで待ち合わせしている。
夜は大聖堂を抜けて大きなホテルを貸し切り、パーティーがある。
毎年、そのホテルにそのまま泊まることが出来るようになっているのだ。
そのくらい、規模が大きいホテルらしい。しかし生憎まだ見たことがなかった。幼なじみも(さすがに国家元首は無理だろう)、社会人になってからの友達も、みんなパーティーには来てくれるのだそうだ。
同い年のバンブルビーと、ちょっと恥ずかしくてくすぐったいね、とメールした。
今日は、転生の儀。
過去の自分から、本当の意味で生まれ変わる日。国から大人だと認められる日。

「下地には、乳液を混ぜると伸びが良くなるのよ」

マギーが手のひらに化粧下地をほんの少し乗せ、それより僅かに多い量のこっくりとした乳液を垂らす。それを慣れた手付きでさあっと混ぜ合わせていった。

「さすが」

化粧が得意でないレイラの為に、マギーは朝からレイラの家に来て、化粧をしてくれていた。

「マスカラはウォータープルーフしか持ってないの。だから今夜は専用のリムーバーで落としてね、買っといたから」
「ウォーター、なに?」
「ウォータープルーフ。海でもプールでも雨でも萎れないの」

睫が萎れる、なんて言葉を使うマギーに思わず微笑んだ。

「ありがとね」
「…………」
「…マギー?」

指の腹を顔に乗せて下地をたたき込んでいくマギーは、ただ黙っていて、暫くすると、手の動きを止めた。

「……レイラ」
「ん?」
「…吹っ切れた?夢の人」

突然だった。
マギーはマギーなりに心配してくれていたのだろうと思うと、優しい気持ちになれた。

「…うん、もう、大丈夫」
「そう…」

マギーの手が、メイクをする手に戻る。マギーに夢の話をした日、率直な感想は、幻の人を好きになるっていうのが、この世で一番辛い恋愛かもしれないわね、というものだった。

「でも、現実だっていい男はゴロゴロしてるわ」

同時につまらない男もゴロゴロしているけど、と付け加えたマギーに笑った。おおまかに言ってしまえば、生きるってそういう事なんだと思う。
恋愛に限らず。
順応していかないと苦しいだけだ。
けれど過去を捨てるなんて、出来ない。過去を抱えながら順応しなくちゃいけないのが大人になるという事なのかな。
いまだに答えは出なかった。
一生出ない気がする。
マギーのメイクは、今までで一番自分の顔を好きになれるものだった。
メイクってすごいと、あらためて思った。





「レイラー!!」

一端夜までマギーとは別れて(図書館を早めにあがって、夕方の便で他のメンバーと来てくれるらしい)、大聖堂へと向かう正装した若者でごった返すターミナルで、ブラックのおしゃれなスーツを着たバンブルビーと落ち合った。このスーツ、ジャズの趣味っぽいな、と思っていたら、案の定選ぶのを手伝ってもらったらしい。開口一番に、今日レイラ、綺麗!!と言われて思わず微笑んだ。

「黄色以外も似合うね、バンブルビー」
「おいらはイエローにしたかったんだけど、ジャズがだめって」
「ダメだろ、式典にイエローは。目立つのはいいが絶対浮くぞ、お前」

バンブルビーのすぐ後ろのソファーに腰掛けていたジャズも、シルバーのジャケットで正装していた。

「あ、いたんだ、ジャズ」
「…………」

ジャズの不機嫌にも気づかずに、レイラは笑った。

「だいたいジャズ、どうして正装してるの?二十歳じゃないのに」
「参列はしていいんだ、それにパーティーにはそのまま行くからな」
「そうなの?」
「レイラ、チケットはラチェットとアイアンハイドがもうすぐ持ってくるよ」
「え、あの二人も来てるの?」
「…悪いか?」

背後で響いたラチェットの声に、思わず振り向いた。

「……馬子にも衣装、だな」

アイアンハイドのその言葉に思わずむくれた。

「それどういう意味!?なんかやだ!」
「ほら、すぐ怒る。今日はせっかく綺麗なんだから怒るんじゃない。安心しなさい、チケット代は受付の子が安くしてくれたから」
「さすが容姿端麗、最大限に生かすんだな、大先生」
「私は安くしてくれなんて頼んでいないぞ。誤解しないでくれジャズ」
「ねえ待って、まだ私納得してない!アイアンハイド!さっきのどういう…」
「本当レイラ可愛い、おいら惚れそう」
「ぎゃ!だだ抱きつかないでバンブルビー!!」
「オイ、そこのマルハナバチ、調子に乗るんじゃねえ」
「そうだぞ、一番年下だからって許されることと許されんことが」


─…スカイリンクス航空より…
…ご搭乗の皆様に…
…ご案内致します…
…11時02分発…
…スクランブルシティ行き332便は…
…只今、ご搭乗のお客様を…
…機内へご案内しております…─



「…オイ、お前が下らねえ事で怒ったせいで乗り遅れるぞ!!」
「くだらなくないよ!ジャズのばか!」
「なんだと!??」
「急ぐぞ!」

まるで子供の時のように大切なときに必ずそばにいてくれるこのみんなは、やっぱり正義の味方で少し涙が出そうだった。パラディンだった記憶がなくても、そこに確かな絆を持って、私達は引かれ合ってここにいるんだということ──





今日の転生の儀は、レイラ達の住むアークC区画からE区画の二十歳を対象としたもので、いつもはセネートの司祭(プリースト)が仕切るらしいけれど、突然プリーストが全員辞任したニュースが流れてから、誰が今回仕切るのかをみんなで予想していた。
アルファートリン神父かオプティマスかな、と個人的には予測していた。
小さな頃怖かった大聖堂も、黒山の人だかりとなれば学校の体育館みたいな気分になった。
空いている席をバンブルビーと探していると、際で声がした。

「あ、ここ空いてるよ」

二人で一斉にその声の方に振り向くと、少しギョッとしたように声の主がたじろいだ。その隣で、ひょっこりと顔を出した黒髪の美女が笑って、さらに促した。

「よかったらどうぞ」

すすめられるがまま、バンブルビーと一緒に一礼して、そのカップルの隣に座る。

「僕はサム。サム・ウィトウィッキー。あ、彼女はミカエラ」
「あなた達どこの人?」

気さくに話しかけてくるカップルに思わず二人で微笑んだ。

「おいらバンブルビー、この子は、幼なじみのレイラ」
「私たちはC区画。あなた達は?」

私たちは、E区画トランキリティよ、というミカエラと、簡単な自己紹介をしあい、握手をする。
そんなことをしていたら、距離がある祭壇の方で聞き慣れた嗄れ声がした。

「かつて父なるプライマスが
蒼き光を我らに授けしとき
全ての命に平等に
新たなる旅路を与え
そしてその中で愛を受け入れ育み
この大地を恵みで充たせと望まれた
このアークを
光満ちあふれる世界と
するためである
新たなる旅路に向かう
人の子等に
大いなるプライマスの加護が
とこしえに あらんことを」


新たなる旅路、か。
プライマスは、今のこの世界を、どう思っているんだろう。
これで良かったのかな。
もっとも、もう今の自分にそれを確かめる事は出来ないのだけど。

「見て、今回は豪華だね、プライムがいる」

隣で呟いた友達になったばかりのサムの目線を追う。

「初めて見たわ、意外に若いのね」

ミカエラも大きな目をいっそう大きく開いていた。
自分たちにとっては、あんまり目新しくない元首なので、バンブルビーと顔を見合わせて笑った。

「─私は、オプティマス・プライム。今日のこのよき日に新たなる旅路を歩み始めた諸君に、私から送るメッセージは──ただ一つ。
己の意のままに、向かいたい道へ進んで行くこと。自分であることに自信を持ち、それぞれの大切なものを守りながら、生きてください。
──自由は、全ての命がもつ権利です。
新たに友となった諸君と、共に歩むこの世界に生まれた事を、誇りに思います」





夜になって、すっかり仲良くなってしまったサムとミカエラ、そしてバンブルビーとパーティー会場に向かった。
アールデコ調の高級感漂う入口で、一端ホテルに荷物を預ける、と言いフロントに向かったサムとミカエラを見送った。

「おいらたちもあずけよっか。あ、そういえばレイラ、荷物は?」
「え?あ、うん職場の友達が後から…」
「───レイラー!」

呼ばれた声に振り返ると、いつものメンバーが笑顔で歩いてきたので、手を振った。

「持ってきたぞ、荷物」
「ありがとうブラックアウト、マギーも!」
「すごい人の数ね、一区画ずつやるべきなんじゃない?」

確かにねと頷いたレイラが、あ、と声を洩らす。

「あれ?デバステイターとかは?」
「ホテルの料理、手伝うらしい…よ」

ボーンクラッシャーがブラックアウトの後ろから、ひょこりと顔を出して、そう言いながら、レイラを見るなり、立ち尽くした。

「…な、なに?ボーンクラッシャー」
「今日可愛いね、レイラ。俺惚れそう」
「ぎゃ、だだ抱きつかないでボーンクラッシャー」
「…おいらと同じことしてる」
「!!!」

そんな事するようには見えないのに、と云わんばかりのマギーの目線を、バンブルビーはさっくりとかわし、フロントに荷物を預けた。
この後のパーティーでボーンクラッシャーとグレンがDJをやるのだそうで、なんだか世間は狭いなと思った。

「グレンの店、パーティーの協賛に今回入ったからね」

ボーンクラッシャーが、そんな裏事情を教えてくれた。

「あれ?バリケードは?」
「あそこ」

気づいて聞くと、ブラックアウトが指さした先は会場入口だった。上から下まで真っ黒の警備服が、本当によく似合う男だ。周りはびびっているけれど。

「…………(なんだよ)」

口パクでこちらの視線に不機嫌に視線を返したバリケードに、皆で笑った。

「こんな日まで警備とはな」
「まあ、宿命だな」
「かわいそう」
「…日頃の行いが悪いからだわ」
「おいらは目つきが悪いからだと思うよ」

「───やかましい!!!向こうへ行け!!!」

ムキになったバリケードにさらにびびっている通行人に、皆で爆笑しながら、やーい黒い障害物!とベタベタな野次を飛ばすみんなの、大人げなさに笑った。





パーティーはそれは華やかで、久しぶりにデバステーターの作る料理を食べた。社会人になってから仲良くなったメンバーも、今日仲良くなったばかりの友達も、幼なじみも、みんながいて本当になんていうか、いろいろあったけど、こういうのを幸せというんだなとかみしめた。

「今年は選曲がいいな」

そう言って、グラス取ってくる、と去っていくジャズに微笑んだ。ジャズはバンブルビーを連れて行って、アイアンハイドはブラックアウトやマギー、サムやミカエラと話をしている。
こうやって、誰かがきっかけになって輪が広がるのは、見ていて嬉しかった。
さらに辺りを見回すと、いつの間にか、ラチェットの周りには女の子達が集まっていた。
思わず、笑った。
曲がしっとりとしたものに変わると、雰囲気がまた違ってきて、
ふと、…会いたくなる。
だめだ、泣きそうだ。
なんでだろう、こんなに幸せなのに。
みんないてくれるのに。

…なんであの人はいないんだろう。

─行ってみたいな


深呼吸をした。
笑顔を作ろうと思ったけどだめだったので、頭を冷やしたくなってひとり、ひらけたバルコニーへ抜け出した。ロココ調の、曲線がかった手すりをそうっと撫でると、夢の中の赤黒い城を思い出した。

「…涼しい」

夜空を見上げた。
月は、今日も怖いような、妖しい光を放っている。
ふと目線を下ろした先で、───息が止まった。
夢なのか、幻なのか分からない。
けれど確かにこちらを見上げてきたひとは…





バルコニーの下で
見上げてきたひと
見覚えのある
シルバーのウエストコート
レザーグローブに
漆黒のフェドーラ
見上げてくる
焔色の瞳



世界から引きはがされてしまったような焦燥感に、いつの間にか無我夢中で、バルコニーからフロアに走った。

音楽も、喧騒も聞こえない。人ごみを、どうかき分けたのかも、分からない。

やっとの思いでもつれる足をかわして、フロアのドアを開けようとしたら、目の前に幼なじみが二人、仁王立ちして行く手を阻んだ。ジャズとバンブルビーだ。

「我らパラディンが」
「聖女様をお守りする!」

わけがわからないまま、息を切らし二人を交互に見ていたら、ジャズが吹き出した。

「ひっでえ顔だな、レイラ」
「へ?」
「可愛い、レイラ!」

アハハ、とバンブルビーも笑っている。

「な、なに?」

消えちゃう、早くいかなきゃ、あの人が…

「行け、レイラ」

ジャズが微笑んで、バンブルビーも微笑んで、阻んでいた手で、フロアのドアを開けてくれた。

「─…え…」
「言っただろ?必ず見つけてやるってな」

ジャズが言った。

「会いたかった人でしょ?早く行きなよ、レイラ」

バンブルビーが言った。
どうしよう、どうしよう。涙が出る、駄目だ、笑顔で頷かなきゃ、ありがとうって、いわなきゃ。

「…あ…ありがと……!!」

開けてくれたドアから勢いよく飛び出して、走った。
会いたかった人、ずっと帰りを待っていた人、何も考えられず、幾晩も幾晩も、思い続けていた人。
お願い、お願い、お願い、幻でありませんように、消えませんように───




「はあっ…!」

息を切らして出口を抜けて、バリケードがオイ、どうした?と言うのも今はごめん、無視して、辺りを見回した。
──その人は、そのままの姿で、夜の中に佇んで、居た。

『──…待たせたな』

その声に、涙がこみ上げた。

せっかくマギーに、きれいにまつげあげてもらったのに。ああでもウォータープルーフだから、いいや。
思い切りうれし涙を。
はやる気持ちは抑えられずに、抱きついた。
夢の中の匂いがした。

『─遅くなったな』
「─…もう、来ないかと思った…」

悪かった、と言う銀色の人の、目をのぞき髪にさわり、頬にふれる。
同時に、レザーグローブを外しあらわになった指で唇をなぞられた。

『─今日は水色の服か』

眉が下がる笑い方、夢に見たままの

『…よく似合う』

運命のひと。

「…おかえり…!!」

何よりも言いたかった言葉は、ひとつだけ。

「おかえりなさい…!!」

微笑む銀色の人が、きつく抱き締めて言ってくれた言葉も、一番聞きたかった、言葉。


『───ただいま』






そしてふたりは
いつまでも
幸せに暮らしました


end.
(Thank you for reading!)
Beautiful Nightmare
2009/06/05
completion