30.ずっと好きだった
私が守ろう
君の力になり いつまでも
君のそばにいよう
命の限り 君を守り抜こう
全ての人は 自由なのだ
◇
「もうずっとあのままなんだ」
病室に静かに入ったオプティマスの背後で、ラチェットがため息をついた。
「日によって高熱で魘されるが、それより眠り続けていることが問題だ」
「──………」
ラチェットは背後からオプティマスの表情を見るなり、仕方なさそうに微笑んだ。オプティマスは眠っているレイラから視線を外すことなく、ただ静かに立ち尽くしている。
「見ていたいのなら、私は外すよ」
ラチェットがオプティマスを残し、入口のドアへ歩いていく。
「いや、私は──、」
オプティマスの声は届いているのかいないのか、ただラチェットは振り向かないまま、去り際に手を上げて、病室を出た。
「………」
いきなり残され、眉を下げてため息をついたオプティマスは、立ったまましばらくレイラを見つめ、その後ベッドの際に置かれた簡素な丸椅子に腰掛けた。
レイラの顔は、今は穏やかだった。
薬を飲み過ぎて眠ったままの幼なじみの、髪を優しく撫でる。
「レイラ…」
───おぷてぃます
─ありがと、おむかえにきてくれて
─ありがと、おむかえにきてくれて
「君はずっと変わらないな。いつも迎えに行かなければ帰ってこない」
教会へも。図書室でも。
力のないレイラの手を、マトリクスを握った両手で包む。それをそのまま額にあてた。
「導いてくれ、どうか──、彼女の世界へ──」
世界が忘れるのなら
私が覚えていよう
たとえ君が 私を忘れても
ずっと好きだった。
生まれ変わっても、それは変わらなかった。子供の時から、天使のような君だけを愛していた。
その視線が、ただ一人に向いていてもかまわなかった。
君はメガトロンだけを見ていた。
それでも良かった。
傍に いられれば。
ただ君を 守ることができれば。
『───時々、声さえ聞こえなくなる』
「──…」
黒の風をメガトロンは受け止め、闇の力を手に入れて間もなく、そう言った。
『…俺が正気を失ってしまったなら、─お前が俺を斬れ』
「エイリアルにはなんと───」
『俺は死んだと、消えてなくなったと言ってくれ』
私には言えなかった。
ただ純粋にメガトロンを待ちつづけるその瞳に、死んだなどと言えるわけがなかった。
「メガトロンは遠征中に、黒の風に取り込まれた」
エイリアルはそれまで気丈に振る舞っていたが、泣いたのを見たのはその時が初めてだった。
人が悲しみによって力なく泣き崩れていくさまは、儚く、そして悲しい。
「───闇の力があってもいいじゃないか!今彼女は世界で一番孤独だ。そばにいてやってくれ」
『…もう俺は奪うことはできても与える事は出来ん』
「しかし…!」
『俺は力が欲しい。それに…あいつが求めているのは俺ではなくお前だ』
「………それは違う」
『俺はあの力が欲しい。あいつの命を奪うことをも考え始めている俺を、』
かつてはグローブで隠されていた指先は、ぎらりと鋭く光る、剃刀状のアイアンクローに変わっていた。
「………」
『お前が止め、あいつをお前が守ってやれ、オライオン』
それが、"本来の"メガトロンとの、最後の会話だった。メガトロンはどんどん闇に飲まれた。
私の最大の罪は、
それをセンチネルとプライマスに知らせる事が出来なかった事だ。
解決出来ると思っていた。メガトロンなら、闇に打ち勝つ力を持っていると、本当に信じていた。
メガトロン自体が闇と同化するなどとは、全く想定していなかった。
それこそが私の罪だった。
結局誰一人として、私は救えなかった。
俺は、静かに機会を待った。光や善を讃える世界を覆す機会を。
その間に幾多のスパークを奪い、奪えば奪うほど俺は渇いていった。
そのさなか、祈りを捧げる聖女を夜に見かけたのは大聖堂だった。
パラディンを必ず入口に付けよとセンチネルに命じられているらしいが、祈るときは1人だった。
祭壇の前で跪き、ただぼんやりと見つめる先に、何が見えるのか。
見えないから瞳を閉じるのか。
来たるべき時まで、俺は聖女を手に掛けなかった。ただその後ろ姿を見つめた。この時間だけは何故か心に凪が戻った。
聖女も俺に気がついているらしいが、一度も振り向きはしなかった。
「閣下、王位継承の件で動きが──、候補にパラディンを挙げた模様です」
フレンジーの報告に、いよいよ時期が来るか、と思った。間違いなく次代プライムはオライオンだ。
俺が反乱を起こして、まず失敗の原因になり得ることがあるとすれば、それはプライムであるセンチネルか──、オライオンだ。
或いは、
─ねえ、メガトロン、
聖女よ、お前の力がほしい。お前の力は神さえ抗うことが適わぬらしい。どんな力かは知らんが──、
何故天に選ばれたのがお前なのか──
何故プライマスがお前を最後の希望に選んだのか──
──俺には分かる。
プライマスよ、
俺が手出しをしない命として選んだのだろうが───
──生憎、俺は全てを欺く事ができる。
それが天を狂わせる大誤算だったと、己が導いた破滅を悔いるがいい。
──無の世界で
メガトロンがいよいよダークナイトとして独立し、率いた騎士たちをディセプティコンと総称して行動し始めた時、センチネルは彼らを傭兵扱いにした。
黒の風に巻き込まれ、忽然と姿を消した騎士団長メガトロンは戦死したと、王都の誰もがそう口々に噂した。
顔を隠したダークナイトは民から恐れられ──
最終的に、スパーク狩りを始めた。
必要なく火炙りにし、胸にいただいた力をそのスパークごとむしり取り、アイアンクローでメガトロンは全ての人々の力を取り込む。
「奴らはいつか国をも裏切る!!」
マイスターの予測は、間違わない。間違わないのだ。だが信じたい。
─お前も来い
────俺より筋があると思うんだがな
────俺より筋があると思うんだがな
聖騎士団の精鋭部隊の結成をセンチネルに申し出た。いつか来るであろうディセプティコンとの決別の時に、立ち向かえる仲間のいただいた力は、戦、命、策、斥。
そして俺の反乱に加勢するかの如く、世の中も動き出した。同盟国パンゲアが、目下戦争中である北の帝国、ケイオンに滅ぼされたのだ。
パラディンは最後の砦である国境付近の城塞へ向かうはずだ。
決行するのは明日の宵──
「如何なさいますか」
スタースクリームの声が響いた。
「警備が手薄となる此処へ残る手筈を─」
『──いや、パラディンと共に城塞へ向かう』
スタースクリームが口を開けた。
「い、今攻めずにいつ攻めるのですか!?」
『─センチネルは俺達が王都に残ると知ると──、必ず腕の立つパラディンを此処に残す』
「──、」
『完璧な勝利へ導くにはだな、スタースクリーム、』
「は、」
『完璧に欺く事だ』
「パンゲアが落ちた!!」
パンゲアとの国境に位置する城塞に駐屯していたアイアンハイドが、返り血を浴びたまま重装備で息を切らし駆け込んできたのは、宵の入り近くだった。隣国パンゲアは、同盟国だ。
打ち破られる事は予想していた、だが早すぎる。
「─パンゲアが落ちたとなると、ケイオンの侵攻は時間の問題だ」
ラチェットの放った言葉に、頷いた。
「─国王陛下、」
うむ、と頷いたセンチネルが口を開く。
「──オライオン、行ってくれるか」
『──協力しよう』
背後で聞こえた、地の底のような声に、私は明日の裏切りと、自らの死を覚悟した。
必ず来ると思っていた。
メガトロン──
作戦を記した板も、今はもう意味をなさない気がする。しばしの沈黙が流れた。
「─お前たちの忠誠を、信じているぞ」