23.いつかの記憶
ゆっくりと微笑むあなたの大きな手に
導かれて
そうしたら あなたを
アークへ連れていける気がして
こんな私でも
奇跡を起こせる気がした
でも、無理だったみたい
ごめんね メガトロン
Beautiful Nightmare
8
ここは何処だろう。
まだ生きてるのかな、それとも死んだ後の世界なのかな。人がいる。
はしゃいだ人が肩にぶつかり、嬉しそうに話しかけてくる。
「───聞いたかエイリアル!!!メガトロンが騎士団長だそうだ」
エイリアル、って誰?私はレイラなのに。
「村で一番出生したな!!!」
村?
「ダイオン」
ダイオン、と口からでたその人の名前に自分でびっくりした。
「あんまり嬉しそうじゃないなあ、エイリアル」
だって、ここがどこかもわからない。なにを喜べばいいんだろう。
「…だって」
「大丈夫大丈夫、帰ってくるさ。あーうらやましい!俺も腕っ節が強かったら王都に行くのになあ」
思わずその言葉に微笑む。だってこの人ひょろひょろしている。
この人、ダイオン。
誰だっけ、ああそうだ、オライオンの友達。仲良しだった。小さな時からオライオンの後をついて行ってたっけ。
───あ、今度はどこだろう
耳をつんざくような爆発音がする。
「逃げろ────!!」
マシンガンの音、なにかに当たって何かが崩れる音。
「エイリアル、ここにいろよ!絶対に出てきちゃだめだ」
小さく聞こえたダイオンの声と、走り出した音。息を殺した。
「プライマスから力を得た娘を出せ」
「誰だおまえら!!エイリアルは─…エイリアルは俺がまも…」
銃声と共に、ダイオンの声が聞こえなくなった。
ダイオン、どうしたの、ダイオン…
声を出せない。
涙が溢れてくる。
焼けたにおい、金色の髪の青年が、天井からそっと私を見ている。
頭を撃たれると思ったのに、金色の髪の人はそうしなかった。
あれ、この人、私を助けようとしてる?
大きな青い目になぜか見覚えがある。
「おいらについてきて、助けてあげる」
小屋の裏から出してくれた黄色の髪の人は、周りに人がいないことを確認して、跪いた。
「センチネル・プライムの命で参りました。王国騎士団員バンブルビー、あなたを王都へ連れて行きます」
外はすでに火の海だった。村は焼けていた。人の声はしなかった。変わりに黒こげになった人の形を残した遺体が散乱していた。涙が溢れると同時に、人の焼けたにおいに思わずむせかえる。
「やったのはおいらじゃなくて、暗黒騎士団の奴等さ」
酷い…惨すぎる…
─また場面が切り替わる。この青い髪の人は、オライオンだ。知ってる、この人も。この人よく知ってる。
「オライオン、いつも手紙をありがとう」
ゆっくり微笑むオライオンは、どこか悲しげで、とうとう決心したように言う。
「エイリアル、メガトロンは…」
え?
「遠征中に、黒の風に取り込まれた」
─騎士団は前線で戦うんでしょう?
あなたとオライオンに
もしものことがあったら、私…
─俺達に"もしも"があると思うか?
殺されたって死なん気がするがな
─どうして、
他の人でもいいのに、
どうしてあなたとオライオンが行く必要が
─こんな黒の風も吹かん安住の地で
くすぶっているのには
忍びなくてな
─ずっと、
─?
─ずっと一緒にいられたらいいのに
─お前はそれしか言わんな…
─だって…
この地だからお前を残せて行けるのだ。
黒の風も滅多に吹かん此処で、お前は安心して俺達の帰りを待っていろ
─必ず、戦争が終わったらここに帰ってきてね
─ああ、名をあげたその時には…一緒になるか、俺と
──、
──いや、お前のような弱虫は御免だな。お前にはオライオンがいい。似たもの夫婦だ、ふん
─メ、メガトロン、私、私は、
あなたがいい。
──だがそれも見ていて腹が立つな、やっぱり俺のものになれ
あなたとオライオンに
もしものことがあったら、私…
─俺達に"もしも"があると思うか?
殺されたって死なん気がするがな
─どうして、
他の人でもいいのに、
どうしてあなたとオライオンが行く必要が
─こんな黒の風も吹かん安住の地で
くすぶっているのには
忍びなくてな
─ずっと、
─?
─ずっと一緒にいられたらいいのに
─お前はそれしか言わんな…
─だって…
この地だからお前を残せて行けるのだ。
黒の風も滅多に吹かん此処で、お前は安心して俺達の帰りを待っていろ
─必ず、戦争が終わったらここに帰ってきてね
─ああ、名をあげたその時には…一緒になるか、俺と
──、
──いや、お前のような弱虫は御免だな。お前にはオライオンがいい。似たもの夫婦だ、ふん
─メ、メガトロン、私、私は、
あなたがいい。
──だがそれも見ていて腹が立つな、やっぱり俺のものになれ
「…だが、君は私が守る」
真面目なオライオンはいつも他人のことを先に考える。泣いている私を抱き締める温かい腕の中は、村にいた時の何倍も逞しくなっていて、話し方まで変わって、大人になった。自分だって悲しいくせに、絶対に人には見せない。だからみんなから必要とされるオライオン。なんでいつもそんなに優しいの、悲しい時は一緒に泣けばいいのに。
「う…いやあ!」
「…抱き締めるのが、私ですまない」
そんなこと言ってない!
オライオンだって悲しいはずなのに…
「だが私が守る、たとえ命に代えても」
命なんてかけないで
「そんなこといわないで…!!あなたまで失ったら、私はどこに行ったらいいの」
村は私のせいで焼けてしまって
帰る場所はなくなったのに
あてがわれた部屋から見える、窓の外に広がった城下町。バザーはたたみ出し、たそがれの時間の風景は、仕事を終えた人々が満たされた笑顔で家路を急ぐ。その向こうの山々に飲み込まれる、空に溶かされた朱色の夕日を見るのが、王都に来てからの唯一の慰めだった。いつまでここにいていいのだろう。
「エイリアル」
穏やかな低い声は背後で控えめに耳に届く。振り返った先にいたのは、幼なじみだった。
オプティマス?
違う、オライオン。
オプティマスって誰かな。とても懐かしい名前。
「今夜も大聖堂に?」
取り繕った笑顔で頷けば、取り繕った笑顔を返される。まるで鏡を見ている気分になる。きっと私は、いまこんな風に笑ってるんだろう。
「では共に行こう」
メガトロンに会えなくなって十年、十年目で王都へ来て、ほんの少し期待していた彼との再会は、叶えられないまま終わった。
「ありがとう、オライオン」
私は祈る。いつか世界の役に立てる日がくるのかな。
大聖堂の天井は、村の教会の天井よりも遠くて、ちっぽけな私がいくら祈っても、天まで届きそうになかった。
ああプライマス、プライマスはなぜ、私にこの力をお与えに?
本当に私は、この力を使うことができるのでしょうか?
なにより、なぜプライマスはあの人を、なぜあの人を護っては下さらなかったのですか?
騎士の命というものは、かくも軽いと仰るのですか?
黒の風を浴びたメガトロン、熱くて苦しんだだろうか。凍りついて苦しんだだろうか。どんな苦しみだったのだろう。
ああ、せめて声が聞きたい。
夢だけでもいい。
もう一度、嘘でもいいから、帰ってきて、一緒になるかと、いってほしい。
あの言葉を支えに、生きてきたのに。
「…サイバトロン層の被害者が増えているらしい…」
「…また殺されたよ…」
話し声はガーデンから聞こえた。城下町から上層部に向かって、大きな無差別連続殺人が起きているという噂は、何度か聞いた。そばに立つ槍使いの護衛と、視線がぶつかった。黒い髪に、細い腰。小柄ながらしなやかな筋肉が程よくついたその体は、常に自分の体を気遣ってコントロールした賜物だといつも言う。
「マイスター、"サイバトロン"とは何ですか?」
「サイバトロンは、プライマスに力をいただいた種の方々の総称。王都ではそう呼ぶのが一般的だ」
些か苛立ったようなアクアブルーの瞳に、頭を下げた。
「すみません、無知で…」
「誰であろうと最初は無知さ」
慌てて繕うわけでもなく、静かにそう答えられ、いくらか安堵した。沈黙がゆっくり流れる。
「マイスターは策の力、でしたよね」
オライオンから聞きました、と続けると、ああ、という返事がくる。
「どちらかといえばボディではなくブレインだ。分析能力が足りん奴らが死に急がんために、俺がいる」
ニヤリ、と口角を上げたこの護衛に、思わず笑った。ものすごい自信だ。笑っていると、穏やかに言葉が続いた。
「俺ももとは平民だったんだ。バンブルビーも」
かぶりをあげる。
「バンブルビーと一緒に、金持ちのサイバトロンからめぼしいものを盗んでまわった。そしてそれを他の国で売り、金にし、高い税金に苦しんでる家に配ってまわった」
思わず驚く。義賊とはいえ、盗みを働いていた者が騎士になれるのかと、目を白黒させていると、言葉はなお続いた。
「力なんてなくても、世の中の役に立てると信じていたし、プライマスを信じていなかった」
こういう人もいるのだなあ、と、ただただ頷く事しかできなかった。
「だが、黒の風に吹かれ死にかけた時、あるサイバトロンに助けられたんだ。そいつはバリア能力を持っていて、俺とバンブルビーを取り巻く黒の風を、その力で守ってくれたんだ」
へえ、と頷くとすぐに、マイスターの表情が曇った。
「トレイルブレイカーっていうおっさんなんだが、結局その時、力を使い切り死んじまった」
「え…」
「死体を見た後気づいた。このサイバトロンから俺は色んなもん盗んでた。俺達が生きていられるのは、こうやって誰かが俺達を守ってくれてるからだってな」
夕日が山に飲まれ、空が紫色に染まる。
「それで、騎士団に?」
「助けられたこの命、使い方を間違えたくなくてな」
「…使い方、か…私も知りたい」
力も、命も、使い切る勇気、私にあるのだろうか。
─その力は一度しか使えません。発動するともう解き放たれた魂を元に戻すことはできない。それを覚えておきなさい
プライマスの口調は、羽根のように軽やかなのに、その言葉は鉛より重い。
そんな度量が自分にあるのか。
「プライマスが究極の力っていうんだから究極なんだろう」
マイスターは頷いて微笑む。
「お前は、じゃあなぜ戦えないんだと思っているかもしれんが、その力が戦う力ではないということは、この世の終わりに必要なのは戦いじゃないってことだろう」
夜の風が、窓から入ってくる。
「俺たちは戦う力しか得ていない。だから世界に必要なお前を、戦いながら護るんだ。それだけだ」