21.銀色の森
「…長いね」
『ああ』
会話したのはこれだけで、手を繋いだ先からこぼれ落ちてくる映像は走りながらも止まってはくれなかった。泉に着くのは、まだまだ先のようだった。
─あなた、だったのね──良かった…
─…お前がいると、我が力は衰滅する…─
─お前がいると…
─あなたが生きていて、よかっ…
─…邪魔だ…
────エイリアル!!
空間が歪んで、森が色を変えてゆく。みしりみしりと音を立てて草木が固い銀色に覆われていき、風に揺れるそよぎさえ止まる。さえずり歌っていた極彩色の小鳥たちが、そのさえずりを一瞬で止めてしまい、森はみるみるうちに固くて鈍い銀色に染まり石化していった。
地面を踏む、足が痛い。
「ま、待ってメガトロン、あ、足が!!痛い!!」
いつの間にか裸足だった。金属を踏みつけている感覚に、足を見ると、ところどころで血が滲んでいる。
「痛い!!ま、まって!」
なかなか止まってはくれない銀色の人が手を引くのを止めないのでかぶりをあげると、そこにいたのは穏やかな銀色の人ではなくて、漆黒のメガトロンだった。
「お願い、少しだけ待って!!!」
足が痛くて走れない。
とうとうへたり込んだ。へたり込んでも痛い。
足の裏は真っ赤だった。無数の針で足を刺されているような痛みに思わず表情が歪んだ。格好の変わった彼は冷たく振り向いた。カフスが木漏れ日に反射して一瞬だけ鈍く光った。
どんな顔をすればよいのか分からなかった。
黒いウエストコートの軋む音がして、彼は振り返り、その焔色の瞳でまっすぐに見返してくる。その薄い唇が、弧を描く。
『…化け物でも見るような顔をしているな』
足の痛みに耐えながら、彼を見上げた。
『いや、違うな。俺の名がオライオンではなくて落胆している』
─え?
「何の、話…?」
握られた手が、指が、絡む。
『だがもう遅い。もうパラディンは助けに来ない』
パラディン?なんでパラディンなの?
『…レイラ』
名前を呼ぶ、地の底から聞こえてくるような低い声。毎夜のように耳元でそれを聞いた。夜になるたびに待ちわびたその声。
『…怖いか、俺が』
そう言って、顎を持つ指先は、冷たい。怖い、とても。しかし首を振った。
「メガトロン…」
首を両手で掴まれた時に、慣れてしまった彼の匂いがむせかえるくらいにした。その両手に、ゆっくり力が込められる。
「……は、っ…」
息苦しさと気の遠くなるような意識の中、だんだん自分の首元が血流を止め、ぱんぱんになっていく。
『─…お前はまだ思い出せないようだな、この俺にした惨めな仕打ちを』
くるしい
『…俺がお前にとどめを刺した、だがお前は!!お前の力だけは!!今も手に入らない!』
私、死ぬの?
『それはお前が光の世界に"生きている"からだ…』
この人は、やっぱり私を殺すつもりだったんだ。
『…俺は力が欲しい、お前の秘めたるその力』
『それがあれば俺はこの世界を無に還すのだ』
『…俺を─、昼も夜もないこの永遠の牢獄から、───この美しき悪夢から解放してくれ───』
メガトロン、あなたがなぜ泣くの?
───ああそうだ、この人は、ずっとずっと、私から解放されたかったんだ。
───抱いてくれたのは力が欲しかったから。私を愛していた訳じゃなくて、私の中にある過去の私を愛していたのね…
わたしが死んだら…、あなたはアークへ…行けるのね?
ああ…
いまならなんとなくわかる…
人魚姫の気持ち…
張り巡らせた透明な障壁は千切れていき、空が空に戻っていく。
じわじわと水色の布に水滴が落ちて染みるように広がり、波紋が広がるように障壁が消えていった。
「しんぷさまー!お空が、みて!海みたーい!きれいー!!」
少女が指差した空を、アルファートリンが腰を押さえて仰いだ。
「…空が…障壁が……!!消えていく…………!!!」