20.神々の惨劇
悪魔の手、
迷いながらも
取ってしまったの。
さよなら、神様
◇
ひんやりとした夜の闇に、オレンジ色と山吹色の煌々とした灯が揺れる。群青色の夜を吸い込んで、幻想的な淡いブルーの光を放っているプライマス像を見上げたアルファートリンのもとに、若人が戻ってきたのはレイラが倒れたとマギーが駆け込んできたちょうど二時間後だった。
「…お主等に賢い者がおるならば、戻ってくると思っておったぞ」
バンブルビーはその言葉に笑みを返した。
遅れてライトスピードを走り込ませたジャズのブルーのバイザーが反射で一瞬光り、アイアンハイドもその後ろを黒光りしたライトスピードでなぞって入り込む。教会に入ってきたジャズの手には、くしゃっとした紙袋があった。デバステベーカリー、と書かれた紙袋を受け取ったバンブルビーは、それを見つめたままちいさく、あったかい、と呟いた。
「どうせ長くなるんだろ」
頬ばりつつ座る席を探し出したバンブルビーを眺めながら、アルファートリンは最寄りの長椅子に腰掛けた。それを見て、ジャズとアイアンハイドも近場の椅子に掛けた。
「さて、何を話せばよいかの?」
ずれた眼鏡を指で上げた神父に、バンブルビーが食べる手をやめて話し出した。
「じっちゃん、オライオンについて聞きたい」
「ふむ、オライオンか」
「レイラと何か関係がある?」
「…と、いうと?」
「うん、実はレイラから以前、"オライオンって人を探してほしい"って依頼があったんだ」
「なんじゃと?」
「バンブルビー、やっぱり馬鹿げてる。だいたいオライオンはオプティマスの前身だか前世だかの名前だろ?レイラと何の関係が…」
そこまで滑らかに口に出していたジャズの中で空気が止まって、何かに気がついたように目を見開いた。アルファートリンがそれを見て一度だけ、大きく肯いた。
「…まさか、だろ」
「なに?なに?」
「どうした」
バンブルビーとアイアンハイドが急かす言葉も耳に入ってないような表情で、ジャズはアルファートリンだけを見つめた。
「さすがジャズ、さよう…レイラの前身は、エイリアルじゃ」
呆気にとられたバンブルビーの手から、ポテトペッパーベーコンフランスがぽろっと落ちた。それを見たアルファートリンが、これ、床を汚すでないばかもんが、と諭した。
「じゃあ、レイラは今でも力を?」
アイアンハイドの問いに、アルファートリンは否と首を振った。
「今はもうレイラに力は残っておらん」
「…だいたい、どんな力だったんだ?」
「オライオンはある事件があって死んだんだよね?何があって…」
「まあまあ、そういっぺんに聞くでない」
ふう、とため息をひとつついて、アルファートリンはプライマス像を見上げた。
「エイリアルの力は、ただ"世界が危機に瀕した時に発動する"という何とも具体性のないものでな。力を得る前と何一つ変わらぬのに突然それをプライマスに告げられたエイリアルはひどく取り乱した。
─力の使い方が分からないのです、私は一体どうしたらよいのですか、アルファートリン様!!!
しかし時の王センチネルは、力を授けたとプライマスからお告げのあったエイリアルを王都に呼んだ。
─聖女の身を護るのだ!
─そしていつくるか分からぬ"世の危機"に備え、戦う力は一切持たぬエイリアルをパラディンであるお主等に護衛させたのじゃ。
メガトロンがその名を名乗らなくなり、鎧で身を隠しダークナイトとして独立してしまった後、パラディンを率いていたのはオライオン・パックスじゃった。オライオンとエイリアルは、王都とは四里ほど離れた西の小さな村の出での。
訳も分からぬまま聖女と祀りたてられた孤独な都の生活の中で、予期せぬ幼き頃からの友との、十年ぶりの再会に、エイリアルは救われた。
─時を同じくして、王都では原因不明の"スパーク狩り"が多発しておった。
プライマスに力を得た階級のある人間が惨殺され、スパークを奪われるというなんとも惨たらしい事件じゃった。
その当時プライマスから得た力は、"その命を奪えば我がものにできる"という謂われがあってのう。
奪われてゆく命が増えれば増えるほど、奪っているその力は増していると、全ての者が恐れていた。
─後にスパーク狩りの犯人は、メガトロン率いるダークナイト達だということがわかり───
そしてとうとう、一番奪われてはならぬ力、つまりエイリアルの秘めたる力が狙われる時がやってきた。
─あれは、時の王センチネルが暗殺された日の夜───、センチネルは信頼のおけるオライオンにマトリクスを授け、息を引き取った。
───オ…ライ…オン、未来を…
───国王陛下ッッ!!!!!
─そして暗殺者は、ついに大聖堂で祈りを捧げるエイリアルまでも手にかける。
─お前がいると…
…我が力は衰滅する
お前がいると 邪魔だ─
…我が力は衰滅する
お前がいると 邪魔だ─
─エイリアルは、力を発動出来ぬまま、その力を奪おうとする暗殺者──、メガトロンにより、無念の最期を遂げたのじゃ。
─オライオンは、間に合わなかった。
奪われた命を嘆き、闇に染まりきったかつての友に、制裁を加えるため切りかかった。
─じゃが相討ちとなり─、それを止めようとはたらいたジャズ、お主も犠牲になった」
「え、うそ」
「残念じゃったの、お主の前身の生きた活躍はここまでじゃ」
「まだ活躍した話を全然聞いてねえが」
「どうしても聞きたいのなら、日を改めて聞きにくるのじゃな。ちなみにお主の名は生前はマイスターという名じゃった。魂がプライマスのもとに還り、転生したあと今のそのジャズという名になったのじゃ」
「…………」
はあ、と煮え切らないため息をジャズがつき、アイアンハイドが続きを促した。
「それで結局、どうなったんだ?その国は」
「…エイリアルの死を見計らったかのように、都をかつてない最大級の黒の風が覆った」
「─それが"神都の終末の日か"」
ジャズの問いに、アルファートリンは静かに頷いた。
「…だが救世主になるはずの聖女はもういない…」
「─…しかし世界は滅びず、今も命はつながっておる。これを奇跡と呼ぶべきなのか、プライマスの加護と呼ぶべきなのか、わしにもわからん」
静かな沈黙の中、バンブルビーがつぶやいた。
「結局、エイリアルの力はメガトロンの手に渡ったの?」
ため息をつくアルファートリンは、首を振る。
「エイリアルが力を発動出来ぬまま死んでしまった事で、その力はプライマスに戻ったと考えられておる。そしてその力は今日、空を守る障壁として息づいておると云われておるが、真実はわからぬ」
プライマス像を見上げたアルファートリンの表情は、険しかった。
「…"聖女の魂滅ぶ時、これすなわち真の終末の時"、これはプライマスの最後の言葉じゃ。今はプライマスの言葉を解せるものは、この世で真のプライムだけじゃ」
全員が、プライマス像を見上げた。
「…オプティマスは、全部知ってたのか」
ジャズが短く問うた。石板を見つけた日のオプティマスの言葉を、思い出す。
───オプティマス、あの…、神様だった、覚えある?
───神だった覚えはないが、それは私に聞くより、アルファートリン様に聞いた方が分かりやすく説明してくださると思う
オプティマスは、石板の説明もしないうちにそう答えた。
「…知っているも何も、今でも全ての事を解しておるのはあやつを除いてほかにはおらん。世界再生の時に、プライム以外の記憶から全ての過去の記憶を消したのはプライマスじゃ。わしらプリーストは、事実を断片的にしか把握しておらんし、その史実もまた、真実なのかは…わからぬ」
───…オプティマス、なんで元首になろうと思ったんだ?
───今日は質問が唐突だな。うむ…、強いていうなら、この世界を、…忘れないためだな。
「…まるきり余談じゃがの、オライオンとエイリアルは終末の日の翌日に婚礼をひかえておったのじゃ」
「…それが無念で、彼女の生まれ変わりのレイラに取り憑いてるのか?」
「なんかおいら、じっちゃんの話聞いてたらますますわかんなくなってきた。だってさ、オプティマスは今を生きてるでしょ、ちゃんと転生してるのに取り憑くなんて、変じゃない?」
バンブルビーのその言葉に、アルファートリンが呵々と笑った。
「うむ、オライオンが取り憑くなぞあるわけがない。もう魂はオプティマスに成り変わっておる」
「じゃあ…」
「転生しきれず力に執着し、レイラがまだ究極の力を隠し持っておるのではないかと思いそうな馬鹿もんは一人しかおらん」
三人が顔を見合わせる。
「…メガトロンか」
「奴はあらゆる手を使いレイラの命を奪おうとしておるじゃろう」
信じられん、と首を振るアイアンハイドを見ながら、ジャズは呟いた。
「じゃあ誰にも助けられねえじゃねえか」
ジャズの嘆きに、バンブルビーが太陽のように笑った。
「…いるよ、一人だけ!!」
アルファートリンは笑顔だった。
「今日は冴えておるの、バンブルビー」
「いつもだよ、じっちゃん」