実写パラレル/美しき悪夢 | ナノ
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17.ミイラに恋した19歳

闇を背負いし黒騎士は
闇に染まりしその紅き瞳
鋼の鎧で隠したり
地の底より這い上がる
あまたの光なき力
己の力と吸い上げて
憎しみめがけて解き放つ

─プライマス史詩─
「黒騎士」




Beautiful Nightmare




ジャズから電話がかかってきたのは、バリケードがスクランブルシティに行ってしばらくしてからの昼下がりだった。穏やかな日差しが窓からもれるさわやかな日。
絵本の整理はかなり好きだ。暇な日は時々開いて、教会に集まる孤児たちに読んであげられそうなタイトルを手帳にメモした。
自分の価値観の押し付けをしているような気がするけれど、本は没頭出来る一番安価で安全なアイテムだと思う。
孤児たちに映画を見に行ったり遠くに遊びに行くお金はないし、聖書のすり込みばかりだと可哀想な気もする。
だから絵本を選ぶ。
時々、聖書をもとにした絵本も選びながらバランスを取る。そんなことを考えるのはとても楽しかった。

「レイラ」

背後で声がしたのでくるりと振り返ってみると、この間よりも少し肌が焼けているジャズが腕を組んで、児童書の棚に身をもたせかけていた。

「おかえり!」

大人びた微笑みを返してくれた彼の向こう側にある柱時計が、15時をさしている。お昼は?と聞くと、朝から食べてない、と言う。バンブルビーは?と聞くと先にカフェに行ってる、と返ってきた。
カフェに入るとデバステイターがバンブルビーと楽しそうに話していた。向こうの方でマギーとブラックアウトが立ったままコーヒーを飲んでいる。
ジャズが席を選ぶ間、ミルクティーとエスプレッソを頼んだ。マギーがこちらに気づき手を振ったので振り返した。
ジャズはずいぶん奥の、窓辺の席を選んだ。遅れて座ると、差す昼下がりの木洩れ日でジャズのシルバーの髪は白く見えた。

「つかれた、本当に」

向かいに座ってすぐ、ジャズはそう言った。

「ずいぶん早かったね、帰ってくるの」
「ああ、思いのほかスムーズに事が運んで」
「そう、良かった」

微笑んだものの、早く結果が知りたい。彼は見つかったのだろうか。けれど必死で気持ちを落ち着かせて、窓辺から見える杜若を見つめた。花言葉は、"幸せが必ずくる"。期待に胸を膨らませた。

「…オライオン・パックス」

ジャズがぽつりと呟いた言葉にさらに胸が弾んだ。オライオンにセカンドネームがあるなんて知らなかったから、ジャズがその言葉を口にした時点で、彼は存在しているのだと思った。
バンブルビーが隣に座った。いつものような元気がないようにも見える。しかし今はそれに構っていられない。

「ありがとうバンブルビー、公文書館に行ってくれたんだよね?」

バンブルビーが微笑んで頷いた。ジャズが小型のパネルがついた機械を出して、電源を入れる。

「見つかったのね?」
「…ああ。見つかった、と言えるのなら」

ジャズの声は重たい。

「レイラ、どんな経緯でこの名前を知ったのかは知らんが」
「え?」
「深追いするな」

レイラの表情が止まる。バンブルビーとジャズを交互に見ながら、首を傾げた。

「どういう意味?」
「…とにかく会える状態じゃない」
「会ったの!?」

バンブルビーが力なく首を振った。

「…おいらたちが会える人じゃなかったんだ」
「…どういう…」
「…………」
「…重たい病気にかかってるとか、昏睡状態とか?」
「…………」
「でも、いたのはいたのね、良かった、私…」
「いや、いない」
「え?」

ジャズの声に、また表情が固まる。

「もう死んでる」

頭が真っ白になった。

「プライマス歴546年」

546、年

「…うそ、…」
「事実だ。命名法はプライマス歴が始まった時から生きてる法だ。膨大なデータをこいつが虱潰しに漁った結果、"オライオン"と名の付く人間はこの546年没のオライオン・パックスしかいなかった」
「…ごめんレイラ、役にたてなくて」

どうしよう、
どうしたらいいんだろう。

「…………」
「それにしても、公文書館でも機密扱いになってたこんな名前、お前どこで調べた」
「……………」
「…レイラ、お前は"誰を"探してるんだ?」

─夢は幻、実体はないものじゃ。
─じゃが気をつけよ、実体のないものは、精神を喰らいその力を増すといわれておる。
─支配されぬよう、しっかりと地に足をつけることじゃな。

『───行ってみたいな』

今夜、行かなくちゃ。

「レイラ?」

心配そうに覗き込むバンブルビーに笑顔を返し、やけに落ち着いてしまった自分に気づかないふりをした。

「大丈夫だよ、ありがとうニ人とも」

薬は今夜、あるだけ飲もう。
彼に会える場所はもう、そこしかないのだから。






どうやって帰って来たのか、分からない。
ちゃんとあの後ジャズとバンブルビーに大丈夫だと言ったのかどうか、それすら記憶にない。
気がついたら、家にいた。
辺りは薄暗くなってきている。朝飲んだコントレックスのペットボトルがテーブルから転げ落ちているのが見えた。
携帯を出す。
仕事、さぼっちゃった。マギーとブラックアウトに謝らなきゃ。

「───アーク国立図書館です」
「マギー?」
「───レイラ!?」
「…あ、あの…」
「───大丈夫!?あなた今何処にいるの?いきなり飛び出したからびっくりしたわよ 」
「うん…ごめんね、あ、仕事は…」
「───大丈夫よ、もうすぐ閉館だし」
「本当にごめん…」
「───何かあったの?あの銀髪に何か嫌なこと言われた?」

ううん、マギー、

「───レイラ?」

あのねマギー、私、夢に出てくる、あの人が好きで

「───そっちに行くわ!!どこにいるの!?」
「…ううん、ちゃんと家にいるし、少し体調が悪くて、でも大丈夫だから」
「───…そう…、大丈夫なの?」
「ブラックアウトにも謝らなきゃ、あと今日読み聞かせに教会に行く予定だったんだけどそれも出来そうにないから今日は、」
「───そんなこと気にしなくていいから休んで、ブラックアウトには伝えておくから」

もっと打ち明けていたら、きっとそっけないふりをしながら親身になって聞いてくれたはずだ。
それに甘えられずに、もっと仲良くなりたいのに距離を取っているのは自分自身で。

「ごめんね、マギー…」
「───いいのよ、それより、落ち着いたら何があったか教えてね、必ずよ」

涙が出てくる。マギーには見えないと分かっていながら、何度か頷いた。

「…うん…!」







あたたかい日差しの下、色とりどりの花々が風にそよぎ香りを届ける。
いつの間にかここにたどり着いてレイラは眠っていた。夢の中で眠っている。
きっと目を開けたら、あの人がいる。けれどそよ風も日差しも花々の匂いも気持ちよくて、目を開けたくない。



…意識がはっきりしてきた。レイラがいる。一気にこの世界に春がきたから。
いないときは冷たい。
凍てつく風の中で悴んだ体に、思考が止まる。レイラがおちてきて、体が溶けるように温かさを取り戻すと、俺はなくしている色々な記憶の断片をつなぎ合わせる事ができる。目を開けたら、睫のおりた象牙色の顔が目の前にあった。
レイラが眠っている。


──ねえ、メガトロン


───レイラ、お前はどこから来て、どこへ帰るんだ?目覚めて、しばらくここで俺の相手をしたら、俺を置いてまた帰るのか?アークという世界に。



目を開けると、至近距離にオライオンがいた。草原に寝転がったまま向かい合っている。彼はいつからここにいて、寝顔を見ていたのだろう。

「……」
『夢の中でも寝るレイラ、…寝てばっかりだな』

ふっ、と微笑む目の前の銀色の人に、こみ上げるものがどんどんせり上がって、言葉がうまく出てこない。笑えなかった。会いたかった。すごく会いたかったのに、どうして彼に触れられないんだろう。

『…浮かない顔だな』
「…そう?」
『何かあったのか』

…どう説明すればいいのか分からない。
でも、説明するために長い時間此処にいるために、沢山薬を飲んだ。
…でも、どう言ったらいいのか、
あなたが本当にオライオンなら、あなたはう死んでいて…私は…

『…言いたくないならいい。それより、思い出したことがあってな』

そう言ってさっぱりとした表情で青空を眺めた彼を見る。

「…何?」
『…俺の名だ』
「……え?」
『オライオンではなかった』

しばたく目を、ゆるりと見返した焔色の鮮やかな瞳は、穏やかに言った。

『オライオンは親友の名だ。俺の名は、メガトロンだ』

まばたきも、忘れた。
どうして、アークの闇の神様の名前を、あなたが持ってるの?

『…その様子だと、俺の名はお前の世界ではあんまりいいものではないらしいな』

仕方なさそうに、彼は笑った。

「…聖書に出てくるの」
『聖書?』
「メガトロンは、欺瞞の神…、闇の騎士」
『騎士だったことは微かに覚えているが、ひどいな、そのいわれようは』
「…あなたは、この時代の人じゃないの?」
『………じゃあ死んでるってことだろうな、俺は』
「分からない、だから聞いてるの、あなたは、一体、」

歪む空間の感覚がする。
爽やかな青い空を、赤黒い雲がみるみるうちに覆っていく。思わず見上げた。

「なに?──…」
『レイラ、お前は知っているはずだ』

空から、彼へ視線を移した。

「な、どうしたの」

草原が藍青色と黒い花で覆われていく。爽やかな風が湿り気を孕んだ生ぬるい風に変わっていく。

「オライ…め、メガトロン、」
『…この、世界にもう一人、"俺"がいるだろう?』

そう言った穏やかな銀色の人は、時々気を失いそうな顔をして、レイラに触れようと手を伸ばしたり、躊躇したりしていて、苦しそうだった。

「…どうしたの?だ、大丈夫!?」
『…俺が正気を失っている間に、お前を、…傷つけていないか、何かひどい事を俺はお前にしている気がしてならない』
「大丈夫!?」

倒れかけた彼に初めて触れた。思わず抱き留める。

『…俺なんだ。全部、俺なんだが、俺じゃない時もある』
「メガトロン…」

分かるよ、腕の中、もう一人のあなたと同じ匂いがする。

『レイラ、俺に触れるな…』
「な、なんでそんな事…」
『お前には触れてはいけない、お前には、お前に触れたら俺は』

お前を殺したくなる


『はやく、逃げろ、俺が、俺じゃなくな…るまえに…』

首を振って離れないレイラに、飛びそうな意識を必死でとどめた。

『早くしろ、離せ、行け!!』
「いや!!逃げるなら一緒に逃げる!!」

メガトロンが目を見開いた。

『何を────』

その手を取った。夢の中を逃げても、たどり着く場所は何処でもない、此処しかない。だったら、

「一緒にいる!!」
『駄目だ、お前が死んだら俺は、』

─俺は、どこに帰ればいいんだ───

「泉…」
『なん…』
「こないだの約束!泉にいこう!?今日はきっと行けるよ」
『だめだ、レイラ───』

重ねた手のひらが熱を持つ。赤い光を放って、二人は意識を失った。








「…ふむ」

アルファートリンは顎髭を掴み、白い石板を眺めた。

「…して、おぬしらは何を聞きたいんじゃ」

ジャズとバンブルビーは本来の長椅子の使い方を無視し、背もたれに腰掛けていた。

「…この石板の、意味だ」
「意味?」
「じっちゃん、おいらたちと関係があるの?この石板」

バンブルビーが問いかけた時、ジャズに呼び出されたラチェットとアイアンハイドが教会に同時に入ってきた。
久しぶり、という言葉が交わされ、バンブルビーがアイアンハイドに飛びついて、ジャズがラチェットに微笑んだ。

「一体何があった?」

アイアンハイドの問いに、ラチェットも頷きながら腕を組んだ。

「ジャズ、ちゃんと説明しろ。こっちは忙しい中出てきたんだ」

後からやってきた幼なじみに、バンブルビーが石板を見せる。

「…依頼主に持って行く前に、俺たちは知る権利があると思った」
「なぜ石板に私たちの名前が…」

戸惑うラチェットの問いに、ジャズが答える。

「…オプティマスが、それならじじいに聞けというんでな」

一斉に視線がアルファートリンに向く。
深く頷いた神父は、全員を見据え、穏やかに、けれど穏やかではない声で口を開いた。

「嘘よりも残酷な真実を知る覚悟がおありかな?」