16.夢と現実のバランス
アストロトレインの中が小さく揺れた時、はっとして目覚めた。夢は見なかった。
いつもの仲間のもとへ行く。いつも後乗りだ。バリケードを待っていれば、後ろに乗ってひとっ飛びで来れたのだが、交代まであと二時間はある、と言われた時点でお腹の虫が鳴った。
社会人になってから付き合いだしたメンバーは幼なじみとは違ってレイラを子供扱いしないので、居心地が良い。
誰かと一緒にいれば、余計な事を考えなくてすむ。直帰してしまったら、後先考えず、あと15日分は残っているであろう眠剤を残らずたいらげてしまいたくなる。
そういうところまできている。
という事に昨夜気がついた。
なんだか、核並みの威力を持った豆粒みたいな小さな爆弾を隠し持っている気分だ。持っているという実感はないのに、得体の知れない不安に苛まれている。
最近頭がぼうっとする事が増えてきたし、時々意識がなくなりそうになる。特に行為を夢に見た後の朝が最悪だ。
鏡にうつるその時の自分は、血の気が引いていてまるで死んだ人のような顔色をしている。
時々足がかわせないし、目を閉じると眠ってしまいたくなるし、気がついたら朝食と、グレンの店にいかない日は夕食まで抜いてしまっていた。
そりゃ具合も悪くなるはずだ。
グレンの店に入ったら、いつものメンバーはくつろいでいて、客はだれも居なかった。
「久しぶりにきたね」
ボーンクラッシャーの優しい口振りに、思わず微笑んだ。
けれども、マギーとグレンは違っていて、レイラの顔をぎょっとした様子で見返してきた。グレンの両手はキーボードに乗せられたままだ。さっとディスプレイを隠そうとしたグレンに、ちょっと、ばれるじゃないの、と小声で呟いたマギーに、ぴんときた。
「…また情報抜き取っ…」
「コイツだ!!コイツが悪いんだ!!」
全てをレイラがいう前に、グレンがマギーを指差した。マギーはそれに大袈裟に反応して両手をあげた。
「最低ね!」
「黙ってろこの犯罪者!!俺ァ悪くねえ!」
いや、別にいいんだけど。
「いや、大丈夫だよ、でもうまくやってね」
「…………」
「…………」
やり取りを穏やかに見ていたボーンクラッシャーに、にっこり笑う。
「チーズオムレツ作って、小さくでいいから」
マギーの席との間を二席分隔てて、柔らかく頷いたボーンクラッシャーの真向かいに座る。
デバステイターとブラックアウトがダーツの手を止めてやりとりを聞いていたので、おつかれ、と簡単に声をかけた。
「レイラ、お前…」
「え?」
デバステイターの声に振り向く。
「最近体調わりいのか?」
ブラックアウトも頷いた。
「痩せたな」
「そ、そうかな?」
「うん、俺もそう思ってた」
ボーンクラッシャーも反応した。
「ダイエット?無理はよくないわよ」
「俺ァ我慢しねえけど」
「…あなたはしなさすぎなのよグレン」
「話しかけんなこの犯罪者!」
「………」
カラカラ、と入口の音がして、バリケードが入ってきた。
開口一番に、
「俺明日っから上の警備になった…」
と呟き、マギーとレイラの間にどっかり座り込んだ。
「スクランブルシティ?」
レイラの問いに、頷くように突っ伏したバリケードに、ボーンクラッシャーが酒を出した。
「多分明日公になるんだろうが、なんかデカイ緊急会合があるとかで、人が足りんらしい」
一気飲みしたバリケードを見つめた。
「やっぱりね」
マギーが一言、呟いた。
「長いこと鉄壁だったあのバリアが最近効かなくなってるでしょ。見て、これ」
指差されたディスプレイに映るのは、大気圏の向こう側で起こっている戦争の動画だった。
戦闘機同士がぶつかり合ったあと、散り散りになった残骸は、アークへ落ちる前に、障壁へぶつかりまるで波打つように霧散していく。
その隣で、布に水滴をおとしたようにじわじわと障壁が開けていき、その合間からバラバラになったシャトルが落下してくる。
見慣れたアークの街並みを巨大な落下物が火の海に変えていった。
「昨日のよ」
マギーの言葉に、全員が息をのむ。
「…障壁がなくなったら、俺らも戦争にかり出されるのかな」
「"プライマスの加護"が聞いてあきれらあ」
ボーンクラッシャーの不安げな問いかけに、デバステイターの言葉が被せられた。
今まで、なんとも思っていなかった空の仕組み。
プライマスを信じない人がいないのは、障壁がプライマスの加護だからだ。小さな時から、そう思っていた。けれど、いざ命の危険を身近に感じると、人は神ではなく実在するものを罵倒して心を落ち着かせる。
「今の元首は何やってんだあ?」
…ほら。
ちょっとグレン!!、と叫んだマギーの気遣いでさえうとましい。こんな自分が嫌いだ。
チーズオムレツが目の前にきた。皿にのった、ふわふわした柔らかい卵を見て、なんだか悲しくなってきた。ありがとうと丁寧に言って、フォークを受け取った。
早くも帰りたい。
やっぱりオライオンに会いたい。
みんなと居るのは楽しい。仲良くしてくれて嬉しい。
でもすぐあの夢に引き戻される。
もっと話をしたい、もっと触れたい、もっともっともっともっと。
その焦りを、今は誰にも悟られたくなかった。
きっと誰も信じてくれない。おかしい奴だと思われるのも嫌だった。だから平静を装う。
彼のことで頭が弾け飛んでしまいそうなくらいいっぱいいっぱいな自分を、早いうちに家のベッドに戻さなくては、と思った。
バンブルビーの声は途切れ途切れだった。ジャズは、とにかく下に戻れ、とだけ告げた。
アークに急いで帰ってきたジャズは、公文書館に缶詰めだったバンブルビーと落ち合った。
公文書館の警備はザルだったらしい。
「…どう思う?」
「……」
「ジャズ…」
「あ」と「は」の間の声で、盛大なため息のジャズが、データを覗き込む。
「おいら、これをレイラに言う勇気、ないかもしれない」
「…だがいずれは言わねばならん事だ」
「おいら、こんな…すっきりしない依頼初めてだ」
「………俺もだ」