15.神々の名前
ガリガリと音を立て、岩が削り取られていく。掘り起こす機材の振動で、ジャズの両腕全体が感覚を失った。
目星をつけた場所は間違いない。
アークの障壁をぬけ、約五時間。荒廃した砂丘を抜け、緑がわずかに残るものの、黒く毒々しい水溜まりが分布する湿地をぬけ、ライトスピードを走らせた先に、この集落はある。
黒の風の影響が少ないこの山地で、昔ながらの暮らしを営む民族に名前はなく、言葉もジェスチャーでないと伝わらない。
集落の南に位置するこの場所は、1000年前からおよそ600年頃まで栄えた都市の建造物がその原型を留めている。もうすっかり顔なじみの住民の許可を得て、ジャズはたった今依頼のあった石板を掘り起こしていたのだった。
空気が湿気を帯びたのを感じ取った。じきに雨が降る、という現地人からの知らせを受けた30分後に、しとしとした霧雨が降り出した。
「…あった」
感覚の戻らない手のひらで、削り取ってしまった石の粉をはらおうとしたところで、携帯電話が鳴った。
粉を払いながら、肩と耳で携帯電話を挟む。
「…あい」
─ジャズか?
落ち着きのある、独特の懐かしい声に神経が向き、思わず携帯電話を持ち直し、直立した。
「…これはこれは国家元首様」
──…聞き取り辛いな。電波が入りにくい場所にいるのか
「ああ、今採掘の真っ只中だ」
でもやはり今見つけ出したばかりの依頼品に目がいく。石板に描かれた古代文字の方向を確かめ、この向きじゃないな、そう思ってくるりと回転させた。
─宝探し、か
「ええ、まあ」
ふー…!と息を吹きかけると、粉糖のようにふわふわの石の粉が優しく消えていく。文字がはっきり浮かび上がってきた。やっぱりさっきの向きで合ってたか、そう思ってまた元の向きに戻す。
「直々に電話してくるとは、なんか探し物でもあるのか」
電話の向こうで、ふっ、と笑った声がして、ジャズもニヤリとした。
─いや、聞きたい事があってな
やっぱりこの向きだ。よしよし。さらに石の粉をはらう。
─最近レイラと会ったり、話をしたりしたか?
石板の文字を上から解析しようとした時、電話の向こうから出てきたレイラという名前に、不意打ちをくらった気分になる。どっから情報が漏れたんだ。
「…依頼のことか?誰から聞いた?」
─何かを受けたのか
しまった、と思った。今見つけた石板にばかり神経がいって、今自分は冷静に話が出来ていない。普段はしない失態をしてしまった。オプティマスは事情を知らずにただ電話してきただけだという基本的な事に今、気がついた。思わず動きを止める。
「依頼人の意向でね。いくら元首さまでも口外は無理だ」
─…いや、何を頼まれたか聞くつもりはない。ただ、くれぐれも気をつけてやってくれ
「………」
─年の近いお前なら、何か相談を受けているかと思ってな
「─…分かりづらいな。何だ、何か気になることでもあるのか?はっきり言ってくれ」
石板を見つめて、そう言ったジャズに返ってきた声は、些か重たいものに感じた。
─彼女が危険だ
「なに…──」
答えようとした時、集落の方で銃声がした。
風の匂いが変わった。
…黒の風だ。
─どうした?
「黒の風だ、これに吹かれると一日中具合が悪くなるから苦手なんだよ」
─…大丈夫だ、お前は。黒の風に侵される事はない
「…図太いって言いたいんだろ」
また、ふっと笑う声が漏れた。
「なあ、オプティマス、レイラの事なんだが」
そこまで言い掛けたのに、ジャズは思考回路がストップして、石板に全神経が集中した。
光の神オプティマス。
戦の神アイアンハイドは
箱舟の北を守り
命の神ラチェットは南を守る。
策の神ジャズは東を守り
斥の神バンブルビーは西を守る。
降り注ぎし闇の礫
光の力で遮らん。
「────な、なんだ、これ」
円形の石板に掘られた自分の名前に、ジャズは目をむいた。
聖書は知っている。ガキの頃より、よく読んでるつもりだ。
だがこんな文献は見たことがない。
神に名はなく、戦の神は最初から最後まで戦の神だった。
こんなに幼なじみの名前が昔の神の名前と一致する事が、有り得るのかどうかもわからない。これなんなんだ。
─ジャズ、どうした?
「──……」
─…ジャズ?応答しろ
「…あ?…ああ…」
─一体どうしたんだ
オプティマスの声が苛立つ色を出し始めた時、ジャズはやっと言葉を絞り出すことができた。
「オプティマス、あの…、神様だった、覚えある?」