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Immortal

Immortal #2

きっと、"今、衛星である自分"が"生命体"でなかったら、この宛てのない短い通信は、この陳腐で混沌とした浅はかなネットワークの中で泡のようにとりつく島もなく、ただむなしく消えていたはずだった。
機体がそれを受け入れたのは、故意でも好奇心でもなく、トランスフォーマーだからなのであって、当たり前のことだった。それだけ高性能なだけ。この眼下にある地球の水準からして、自分たちは優れている。だから受信したのだ。"彼女"を。取り込んだ短い声から性別を識別したり生息地を特定するのは時間はかからない。
地球の時間の流れとして、およそ1日おきにその通信は、大気圏をこえてサウンドウェーブに届いた。
意識に残る声音なので、膨大な通信量の中からそれを選り分けるのは造作もなかった。

【──なんだか…頷ける】

こちらはいつものように、他の処理をしながら聞き流すだけなのだ。だが彼女は会話をするように宛てなく話す。

【──世界の事を知っているあなたと、こんな風に繋がっていること】

………気づかれているのか?俺は
そんなはずはない。知っているわけがない。当てずっぽうに言葉遊びをしているだけだろう。衛星に話かけているとは、発想にも至らないはずなのだ。
馬鹿馬鹿しい。意味が分からない、人間というのは。

【──そこから、私が見えるかな…】

ただ、彼女の声は、

【──ね、そこは天国?】

この宇宙に、融ける。
言うことは掴みどころがなく退廃的で気だるい。だが融ける。澄んでいる。地球的にいえば"旋律"のような声。今天国なんていう陳腐な言葉を発したが、だが陳腐にならない。言葉が声という音に支配されているからだ。その声は言葉に負けない。天国と言おうが地獄と言おうが、欺瞞と言おうが変態と言おうが、それは宇宙に融ける。

【──天国とか信じてなかったんだけど】

天国なんて、そんなものありはしない。生まれ死ぬサイクルの中に天国はない。そんな思考さえ人間の下等さを露呈させる。そんな風にありもしないことを想像するのは、もう光を失っている遠い星に、まだ輝きがあるのではないかと思い込んでいるのと一緒。浅はかなのだ。取り残された幻の光を信じる生き物なのだ、人間は。

【──でも、あなたが居るのなら、そんな場所があってもいいかなと思ったりする】

…………、

【──そこからの方がきっと世界はきれいよね】

掴みどころのない、

【──中身はぐちゃぐちゃ。でも宇宙からみたら地球は青くてきれいなんでしょ?】

……この女は何者なんだ。

【──また電話するね、話をきいてくれてありがとう】

一方的に話し、一方的に通信を切る。とても奇妙な時間である。



初めて口をきいたのは4回目の通信でだった。いつものように旋律を聞き流すつもりだったが、タイミングが悪かった。

【──本を読んでいたら…、ちょっと"こうしたくなって"。毎回、つながらなくなってたらと不安になるんだけど、良かった、また繋がって…】

26時間前のように彼女の声は衛星である自分に届き、ただそれを聞いていた時、聞き覚えのある言葉、なじみのある言葉が拾われたのだ。

──スタースクリームよりサウンドウェーブ、応答せよ

『あ、』

…気が抜けたのだ。
誰にでもある。
予想していなかったサイバトロン語が混じり、彼女の声を聞いている最中だったから何も考えていなかった。一瞬出てしまったこの声は、いま大気圏を越えて彼女に確実に届いてしまった。
失態だ。これは不覚。

【──…え…】

あるはずのない自分の声に、明らかに戸惑ったように彼女は震える声をあげた。

──お前にしてはずいぶん間の抜けた返事だな、サウンドウェーブ

忠誠を誓った闇の大帝に、愚かな反逆を何度も企てる鬱陶しい男だということは認識していたが、なぜか今ものすごく、宇宙で一番鬱陶しかった。理由は分からないが。

──サウンドウェーブよりスタースクリームへ、聞こえている。後でつなぐ。今は待て

──待て、だと?新たな──……

内容を聞かずに通信をぶつ切りにした。今は要らない。あとから連絡したらいい。そう思った。

【─……もし、もし?】
『………』

宛てのない対象に話しかけていたという認識ではない、確実に自分に宛てられた、声だった。
見つかった。見つかってしまった。まさか。訳の分からない無意味な高揚感は、慣れきっていた網羅しているネットワークが発する混沌という雑音を、鬱陶しい塊にした。さっきスタースクリームを鬱陶しいと思ったように。
彼女の声が、本当の意味で別格に聞こえた。

『………』
【──あの、】

あの、が宇宙に融ける。

『……ああ』

頷いたつもりが、結果彼女を叫ばせる事となった。
彼女がいる場所の時間、午前3時。
この日に俺たちは初めて、お互いを"存在"だと認識したのだ。
それがすべての始まりになるとは。
それはあの時彼女が生きていたように、俺も若かったのだ。
あの時俺は、自分の体内の時間が一瞬止まった事にも、気づかなかったのである。



「──………」
『………』

彼女が叫んだ後、長く沈黙した。これから起こり得る、彼女の反応のあらゆる可能性を考えている時間、それはとても長く感じられた。この宇宙という空間では明らかにひとりきりなのに、だがひとりではない感覚を同時に味わっている。宛のない通信先に声があった、ではその先にいる声は何なのか。愚かな人間はそう思うはずだ。なぜならサウンドウェーブは今衛星であり、それを知る人間は地球には存在しないのだから。恐れを成して通信を切ってしまうだろうか。そうすればもうこの旋律を聞くことはなくなるだろうな。
…どうでもいいが。
長い沈黙をやぶったのは、彼女の方だった。

「…あ…」

小さな声が怯えている。無理もないか。だがそれに続く言葉は、予測したそのどれとも違っていた。

「──…良かった、…生きてたんだね」
『────、』

……………、生きていた、だと?
この通信先には生きたか死んだか分からない対象者がいたということか?
それを俺が拾ったのか。
そんなことあるはずがない。
初めて通信を受けた日に、履歴はすべて、100%洗い出したのだ。
見逃すはずはない。消えるはずがない。だが明らかに対象に向けられた言葉だ。俺を衛星だと理解しているとは思えない、声に得体の知れない疑いをかけている温度はない。面識のある対象者への言葉。何故?

「──携帯、壊れちゃったってきいてたから、だめかなと思ってたんだけど」

俺は"誤算"が──嫌いだ。
この惑星の情報枠で、俺の手が届かない、場所があるというのか。俺に"耐性"のある場所、俺に気づいている場所があるとすればそこは、オートボットに協力する、あの虫螻を寄せ集めた組織──
先の戦いで、耐性が出来たことには気づいていたが、そうか。
些細な場所からでも俺という存在がこの惑星に知られてしまうことは、なんとしても避けなくてはならない。幸い、彼女は俺を対象者だと勘違いしている。
とにかく───…
…話を合わせるしかない。最初に調べた彼女の情報を引っ張り出す。言語を合わせる。

『……ああ、繋がっている』
「──…私が、わかる?」

わかるぞ。手に取るようだ。お前が今いる場所、居住地、年齢、誕生日、すべて。どんな趣味を持つのか、

『勿論だ、──ノア』

欺くことは容易いのだ。脅威ではないにしろ、欺くことがすべて。そうやって生きてきたのだ。ディセプティコンとして。騙されていく過程が堪らない。

「──上海ではどうだったの?大丈夫だった?」

なるほど。
あの日に居合わせたのだな、対象者は。あのオートボットとの交戦の日に。死んだか。

『大丈夫だ。大変ではあったがな』

ゆるやかな沈黙。

「──…いつ、帰ってこれそう?」

やはりそうか。面識のあった対象。

『しばらくは…無理だ』

…飽きればやめればいい。抹消すればいい。この繋がりを。部下を使い彼女を消すのも、その後にすればいい。

「そっか…」

意味のないことだ。実に。

「──意味がないことだと思ってたの」

宇宙に融ける旋律は、自分に向けられた瞬間、

「──あなたは死んだんだと思ってたから」

柔らかい。

「──でも、認めたくなかったし、声が聞きたかったの」

どんな表情で話しているのだろう。

「──意味のないことでも、自我を保つ理由になるなら、意味があるでしょ?」

ノア、といったか。朧気に予測したこと、それは、俺はいつかこの存在に会いに行くかもしれない、ということだった。興味があるのだ。

『意味があるかは、…わからん』

なぜ俺も普通に答える。

「──いいの。それぞれ、でしょ?」

わずかに笑った、声がした。

「──あなたに繋がって良かった」

通信が途切れたのは、それからしばらくたってからだった。
人間という存在と話をしたのは初めてだった。
どんな風に笑うんだ、ということを考えたが、分析はできなかった。