Immortal
Immortal #3
彼と私という 異なる宇宙が
混じり合った瞬間
それは 繋がるはずのない
一通の電話
2
中国に取材に行っていたジャーナリストである友人の訃報を聞いたのは、夏になる前、6月19日だった。
上海にて、ガス爆発事故、と大々的に新聞の一面を飾るはずだったのに、翌20日の号外では、アメリカで指名手配になっている青年(ウィキティーだかウィッキーだか)が一面を飾った。巷では、すべての放送局をジャックしたエイリアンの映画予告だかの映像が話題を呼んでいた。映画予告ではなく、本物のエイリアンの仕業ではないかと、翌21日にはどこの局でも二時間の特番がくまれた。どこも既出のミステリーサークルだとかを織り交ぜながら関連を考慮した、はっきりとしないものばかりで、夏の怪談番組がそれにすり替わっただけのことだから、見ることはなかった。友人の死は、社会に飲み込まれた。
親友といえるほど頻繁に連絡を取り合っていた訳ではないが、とても面白い人間だった。学生の時からつまらないことを研究してはそこから真実を見いだす、不思議な人だと思っていたのだ。
友人は結局、ガス爆発事故に巻き込まれた被害者として、最終的に遺体は右腕だけは戻ってこなかったが、つぶれた他の部位は戻ってきたのだそうで、さすがにそれを聞いたときには泣いてしまった。遺留品は、行き先がアメリカになったらしく、なぜそうなったのかも分からなかった。遺留品の中に大破した携帯電話があったとだけ、親族からきいた。
3年前にその友人がアフガニスタンに行ったときにはさすがに覚悟していたけれど、今回は不意打ちだった。
悲しかった。
こんなに簡単に死んでしまうものなのかと、空に問うた。
「───知ってる?アメリカの特殊部隊」
友人に出国前、そう尋ねられた。
「──特殊部隊?」
「──そう。エイリアンと戦ってるっていう。今度は上海」
笑ったのだ。
「──エイリアンとか…」
上海とエイリアンという組み合わせもなぜか滑稽に思えて笑った。友人も笑った。
「──それが、いるんだな」
それに対抗した組織も、研究した組織も、あるのだそうだ。正直、怪しすぎて真実味がなく、何より興味がなかった。
「──あんまり首突っ込みすぎないようにね」
そう言っても、ヘンテコなものを好む友人が耳を貸すとも思えなかったが、常識の中にいる自分が言えることを、半分だけの本気で言った。
「──"オバマがエイリアンとお友達"って記事、誰か読んでくれるかな」
ため息をつく、あの時生きていた友は、もういない。
「──真っ先に読むよ」
ぽっかりと開いてしまった心の空洞は、生きていた人が作り出していた部分。あれから3ヶ月。
空と風と太陽が秋になってきた頃、声が聞きたくなった。
携帯電話は解約されているはず、だった。主のない携帯電話は、主に取られることがないにも関わらず、無機質な呼び出し音をならした。呼び出し音は途中で音をやめ、公衆電話からの電話を受けている時のような小さな電子音が、受話口から漏れていた。
「─…もしもし、」
雑音がなくなり、電話の中がまるでここと同じ空間の出来事のようにクリアに自分の声が聞こえた。
「……つながってる?」
返事はなかった。
「もしもし」
生きていないのは分かるのだ。意味がないのも、分かっていた。親友と呼べるほど親しいわけでもなかったけれど、社会人になっても付き合いのある友人、としてインパクトは大きかった。
残された者が思うこと、それは───もっと話をすればよかった、
「もしもし」
もっと時間を作ればよかった、
「そこから、私が見える?」
どうか生身でなくとも、どうか今この受話口の先に、居てくれたらいいのにと何度も思った。
「見えていたらいいのに」
砂嵐のような雑音のあと、電波がとぎれた。
友人は生きているのかもしれないという希望はないにしても、携帯電話が繋がった不思議を、友人の親族に話す気には勿論なれず、むしろそんな不思議をひとりで持っていたいというよくわからない願望がわいた。空虚な電話だな、と思うのだ。誰にも繋がっていないと思いながらも、言葉は紡げた。
一方的に話すことは、差し支えがないこと。
「本を読んでいて…、ちょっと"こうしたくなって"。毎回、つながらなくなってたらと不安になるんだけど、よかった。またつながって」
無視をしない程度に思いつくことをいうのは、けっこう難しい。けれど、受話口の向こうに、誰かが、何かが居るか居ないかと聞かれたら、居るのだと思うようになっていた。
何かが向こうで、音の波を隠し、ただ静かに聞いてくれている、そんな気がしたのだ。でもそれがまさか確信的なものになるなんて。
『──あ、』
短い発声だけで、それが低い男性の声であること、やはり誰かが聞いていたこと、それ以外、思考が止まった。
「……え………」
間の抜けたような、あ、が、怖いような、ワクワクするような不思議な高揚感をもたらしたのだ。
「……もし、もし?」
こんな夜中に、しかも、つながっていたとは。辛抱強く電話を繋いでくれていたのかと思う反面、黙って今まで聞かれていたのだとしたら、怖いなとも思う。
「……あの、」
この先を踏み出すべきなのか、話しかけず切ればいいのか。というか、誰?生きている人なのかな、もしかして、え、エイリ、ア…
『──……ああ』
文字通り、ぎゃ───っと叫んだのはたぶん、小学生以来かもしれないと、その時はそのくらい、夜中の3時に発狂したかのように声を上げた。