実写/オプティマス | ナノ
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Confiance

異星の友人たち

なんとか、帰るめどがついた。
事件から三週目、気がついたら月が変わっていた。頭の抜糸も済み、昨日やっと髪が洗えた。さっぱりしたし帰る予定が立っているのも手伝って、陰鬱から少し抜け出せた気がした。研究員の後継者達から質問をされ、回診され、暇なのもありベッドで過剰に触っていた携帯電話の充電はとうに切れ、マギーは、忙しいのかあれから一度も来なかった。もちろんオートボットにも、会えないままだった。こんなに近くにいるのに…近くにいるのか、は分からない。遠くかも。ディセプティコンではないにしろ、場所が暴かれたら移動せざるを得ない。今のところ彼等は、流浪の民だ。早く彼等にとっての安住の地になればいいのに。
明朝には空軍の輸送機で帰路につくらしい。携帯電話と小さいバッグしか荷物はないので、まとめるものもない。それより急に四週間近く自宅を空けてしまったこと、仕事を休んだこと(これはマギーが心配するなと言っていたけど)、帰ってからのことを考えていた。気ままな一人暮らし、ゆっくり生活を戻していけばいいか。ドアの向こう側がさっきから騒がしい。採血をしにきた医療チームのスタッフに問うと、夜中に部隊が出動し、新たな負傷兵がいるとのことだった。ディセプティコンに殺されている人、どのくらいいるんだろう。

「……」

元気になると、暇だと感じる。ここにいられるのも、明日まで。それまでにオプティマスに会うことは、たぶん無理だろうなと思った。
なんとなく、外の空気が吸いたくなった。思い立ってゆっくり立ち上がると、

「お…」

頭の痛みは少しあるが、まあまあ動ける。私服に着替え、ドアを開ける。外の空気が吸えるだろうか。
隠密行動、開始!
…といっても、注意されれば部屋に戻らなければならないが。
部屋と違う、外気を含んだにおいがする。通路は左右に分かれていた。
どちらが外だろ。左側が格納庫…ということは、左かな。
脱走したと思われるかな。
だけど、体は動くし、もう病人ではない。しかも、冷静に考えると拘束される義務はないわけで。
しばらく歩くと、また広い通路に出た。腕に包帯を巻きつけた兵とすれ違ったが、すれ違いざまに見られただけだった。
さらに左に歩いて行くと、その方向からわずかに風が吹いてくるのを感じた。突き当たったところで、壁と一体の扉にずいぶん簡素なストッパーがかけられていて、わずかに隙間が空いていた。風を通しているのだろうか。一瞬躊躇ったが、開けてみようかな、と思いゆっくりとこじ開ける。すると、明るくて大きくひらけた場所に出た。

「……!」

そこには、トランスフォーマーがいた。ブラッドオレンジとライムの小柄な(それでも大きい)のが何か言いながら取っ組み合っている。その横で小さく見える、銃を構えた兵士達が規則的にやわらかく体を回転させながらそれを避けている。訓練中のようだ。少し間を空けて、サイバトロンの文字がたくさん書いてあるバイクが2台派手な音を立ててぐるぐる回っている。…無人で。その景色に圧倒され、見上げると体育館のように背の高い打ちっぱなしの天井があった。

「…わ…」

見上げた感覚にくらりとして、よろけた。思わず手をついたのは今まで気がつかなかったが、黒のトップキックのフロントグリルだった。目の前にあるGMCのロゴにぎょっとして目を見開いた。

「あ!」

周りに圧倒されて、さらに近過ぎてまったく気がつかなかった。そのくらい、アイアンハイドは大きい。

「…アイアンハイド!」

思わず話しかけてしまったが、ここに居たら誰かに絶対怒られるだろうなと思った。ここはたぶんオートボットのテリトリー、格納庫だろうか。ハンガードアの向こう側に青い海がわずかに見える。ここがディエゴガルシア島だということにまた気がついた。
とても派手な金属のかち合う音がして思わず後ずさると、トップキックは目の前でぐしゃぐしゃになり、規則正しく変形し、背の高いアイアンハイドになった。

『小さな客人だな。具合はどうだ、ユマ』

ぶっきらぼうなのに具合はどうだと親しみを込めて話しかけてきた異星の友人に思わず笑みがこぼれる。この安堵感、なんなのだろう。不思議だ。ここにいてはいけないのではないかと思っていた気持ちが、どんどん頭の隅へ向かっていく。

「久しぶりだね」
『ああ。なかなか会えなかったな』

もう一度あたりを見回すと、たくさんの青く光るカメラアイが興味ありげにこちらに向けられている。そのうちの一体が走って向かってきた。銀色の、サイドスワイプ。滑らかに走り込んできた彼のタイヤは自在に動いた。足がタイヤだ。

『…ユマ、大丈夫か』
「…あ、ありがとう、こないだは」
『ああ。生き延びて良かったな』


こんな場所で、話もろくにしたことがない人間相手に、大丈夫かと、生き延びてよかったなと、心からオートボットが言ってくれる。それはオプティマスのお陰だ。彼の友達、部下が、たくさん、いる。なんだかこみ上げてくる気持ちをおさえた。

「いろんな姿のオートボットがいるんだね」

単純にそう思った。当たり前のことなのに、頭の中でわかっていたつもりのことが、実際に見てみるとまったく別の感情になったような気がする。ただ彼等を見ただけだが、トランスフォーマーという生命体のまた一歩深いところに、少し触れることが出来たように思った。
しかし、一番会いたいオートボットは、ここにはいないようだった。

『プライムは国防総省だ』

まるで見透かすように、横にいたアイアンハイドが的を得た答えを教えてくれた。

「あ、そうなんだ…」
『明日には戻ってくると思うぞ』
「明日…」

すれ違う、か…

「明日の朝には私、帰るんだよね」

アイアンハイドの視線を感じた。重たい金属の頭が動いた摩擦音がした。

『…そうか』

向こうの方で、ブラッドオレンジの小柄なトランスフォーマーが叫んでいる。

『───アイアンハイドぉ、この武器どーぉやんのぉ?』

くるくると手元にくっついた銃を見回しながらこちらに向かってそう叫んだトランスフォーマーは、となりのライムのトランスフォーマーにどつかれている。仲がいい。

『…まったく、』

腕を組んだアイアンハイドの横で、サイドスワイプが器用にタイヤを回転させて動いた。

『…俺が教えてくる。じゃあなユマ、また』

笑顔で頷いた。走り去るサイドスワイプを視線だけで追いかける。アイアンハイドと話をしていたから気を遣ってくれたのだろうか。

「…オートボット、みんないいトランスフォーマーばっかりだね」
『騒がしいがな』

片目を失った古参で歴戦の勇士は、未来を担う若者達を見る目で、愉快そうにそう言った。それに対して、穏やかに笑った。ここにいるとここが基地だということを忘れる。なんだかとても不思議な感覚だ。

『…ユマ』

さっきとは打って変わった真剣な声色に、思わず横のアイアンハイドを見上げる。

『…プライムとは、今後も一緒にいるつもりなのか』

どきん、とした。
思わず目が泳ぐ。急な質問だ。

『ぶしつけですまん、どちらでも、お前の自由だが…聞いておきたくてな』
「……」

言葉を探す。一緒にいたいと言うのは簡単だ。でも今は口に出したくない。オプティマスに会わなければ自分の気持ちに自信がない。

「…今は…」
『……』
「こうって答えがまだ出てなくて」
『…そうか』
「今まで何にも知らなかったからさ」
『…』
「簡単に”一緒にいられる”、”頑張れる”って言えたんだけど」
『…』
「彼を知れたことは嬉しかった。すごい立場にいるってことも、おぼろげにしかわからなかったことも、なんとなく、掴めた気がした。それだけでも、ここにきた価値はあると思う。ただ、だからこそ簡単なことじゃない気がして…」
『…そうだな』
「ただ、気持ちは…変わらない、んだけどさ」
『……』

アイアンハイドがもう一度、こちらを見た気がした。サイドスワイプたちを見ているから、少ししか視界に入らないが。

『プライムは…』
「ん?」
『昔から、見ているこちらが不安になるような奴でな』
「え?」

思わずアイアンハイドを見上げる。びっくりした。

『闘いの名手である先代に師事したこともあって、あいつも戦いはめっぽう強い…が、詰めが甘い。いい考えがあると言っても大半は...』
「……」

諦め顔で首を左右に降るアイアンハイドを見て、呆気にとられている。びっくりだった。

『だがなユマ、それでこそ、オプティマス・プライムだ」
「…え…」
『だからこそ俺達はついていける。完璧な存在なんかいない』
「…」

確かに、完璧ならひとりで生きていけるだろう。オプティマスが完璧じゃない時を知らないけれど、アイアンハイドは知ってるんだ。

『プライムが前で闘うなら、オートボットは側面と後ろで戦い、護る』
「……」
『ユマ、お前はプライムの内側を護れ。どこにもさらせずにいる、彼奴の内側にあるわだかまりを溶かしてやれ』

どこにもさらせずにいる、内側…

『ただ生きて、そこにいるだけでいい』
「……」
『…それがプライムの、生きる糧になる』

そんな存在に、なれるんだろうか。
なっているんだろうか。

『お前が必要なんだ、彼奴には』

誰かにそう言って欲しかった。誰にも言わずにいた関係を、誰かに認めてもらいたかった。心が綻んだ。この三週間、人間とはたくさん会った。関係を珍しがって聞いてくる人もいたし、だけどなんとか自分を保とうとしていた。同じ生き物じゃないのに、ここにいる人間の誰よりも本音を見せられる相手だと思った。そんなアイアンハイドを見上げたら、彼の綺麗なカメラアイのアクアブルーが涙の海に沈んでいって、視界が水色でいっぱいになった。

『……お、意外に早かったな。ユマ、あとは話し合って決めろ、助言はしたぞ』

がたり、がたりと金属の重厚な音が遠くの方で聞こえる。涙が引っ込んだ。アイアンハイドが見据える方向を追いかけて見てみると、

「……!」

ハンガードアのむこうで一番会いたかった大きなオートボットが、こちらを見つめて立ちつくしていた。

2014/10/22