実写/オプティマス | ナノ
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Confiance

その想いはひとつだけ

目を開けたら、打ちっぱなしの天井が視界いっぱいに広がっていた。ここは、ベッドの上のようだ。ぼんやりした頭の中は随分混乱して、なにより、痛い。鉛のように重い体がまるでベッドに張り付いているかのように感じる。

「……」

あれから、どうなったんだっけ?オプティマスが助けに来てくれた。それは覚えている。オプティマスの武器の威力を初めて目の当たりにした。イオンブラスター、彼の体の一部だからと名前を覚えた。

───オプティマスは、戦う時に…どうやって戦うの?
───複数の武器を装備している。我々の体の一部だ
───…すごいね、どこ?
───…背中に
───あ、本当だ…
───この武器で、何度も敵の命を奪ってきた
───……そうなんだ、
───これはそういうものだ
───…なんて名前?
───イオンブラスターだ
───……この武器が、何度もオプティマスの命を、救ってきたんだね
───ユマ
───あ、偉そうだったかな、見方を変えればそうかなと…

…頭がぼんやりとしている。鈍い痛みとともに目を閉じれば、出会った年の秋の夜、彼の胸部のフロントガラスに澄んだ星空が映っていた風景が瞼の裏に浮かぶ。
あの青黒い部屋の天井に穴を開けたのはその武器だった。頭に鋭い痛みがしたあと、爆音、吐きそうになって…吐いて、苦しくて息を吸い込んだ時、硝煙の強い匂いがした。彼の匂いがした。泣きそうになると、

「痛い……」

頭がよけい痛くなる。手鏡を手にとって顔を写してみる。顔はボロボロ、肌に潤いはない。何日シャワー、浴びてないのかな。太陽は何回昇ったんだろう。頭に怪我をして、中を洗浄して綺麗にしたとか、正直意識がないうちにやられてよかったと心から思った。考えただけで恐ろしい。額の髪をはらうと、ちょうど生え際にホチキスの針のようなものが点線を描いたように見えていた。

「…うえ…」

フランケンシュタインのようだ。しかしあと2日もすれば抜糸。それが終われば取調べも終わって、元の生活にもどれる。なによりシャワーを浴びたい。髪を洗いたい。落ち着いて寝たい。家に帰りたい。そしてできれば会いたい。
あれから会いにきてくれたのはレノックス少佐とエップス軍曹のコンビだけ。マギーも謎を持って帰ったままで、オートボットも隔離されているのだとか。
だいたい、いつから敵はトランスフォーマーだったのだろう。
一人だと、考えがぐるぐるして、会いたいけど体も髪も洗えていないから会いたくないし、でも会いたくて、なんだかいろいろ謝りたくて、でも謝ってもどうしようもないし、もう関係が終わってしまうとして、そしたら機密を知った自分は世の中から抹消されるのだろうかとか、これから先会えるのかとか、これからどうしようとか、
と、そこまで思ったところで、
───ドアをノックする音が聞こえた。

「はい」

入ってきたのはマギーだ。

「大丈夫?」

初めて会った日のようにテーラードジャケットの袖を折っている。快活な女性の出で立ちだ。マギーにそのつもりがないのは分かっているが、今の自分との落差をまざまざと見せつけられ心の奥で落胆した。今は自分の何もかもが惨めに感じる。時々こういうことがある。自分に自信がなくなった時、だろうか。

「あまり時間はないんだけど、来ちゃった。身体の痛みは落ち着いた?」

本当に心配してくれているのが分かった。その心遣いにいたたまれなくなった。思わず微笑む。

「うん、なんとか。早く髪が洗いたいな」
「ええ、そうよね…」

なんとなく俯く。

「ユマ、なにか知りたいことがある?私が答えられる範囲でなら答える」

俯いていた顔を上げる。知りたいことは山ほどあるが、具体的なことが頭から抜け落ちていて、うまく質問が浮かんでこなかった。

「…ちょっとパニックで」
「あれだけ身体を振り回されたんだから。無理もないと思う」
「…あの、プリテンダーは…」
「彼らの星の第三勢力よ、第何勢力まであるのかは知らない。思想家の数だけ勢力はあると思っていた方が気持ちは楽だわ」
「……」
「大統領が派遣してきた本当の捜査員たちは少しずつ入れ替わっていって、ディエゴガルシアに来る直前、結局すべての捜査員たちが犠牲になったそうよ」

もう一度、俯く。

「ねえ、ユマ」

顔を上げた。

「あのプリテンダーは、あなたを狙っていた」
「……」
「あなたの中にある何かを知りたかったんじゃないかと思うんだけど…」
「……私の、中にある?」

正直言って、なにもない。なんにも、ない。

「それが何なのかはオートボットも調べていたようだけど、やっぱりわからないって」
「そりゃそうだよ、なにもないんだから…」
「これはあくまで私の予想なんだけど、なぜオプティマス・プライムがあなたと関わっているのか、その答えが欲しかったのかなって」
「え、…」
「まぁ、未知なことが多くて想像の域を出ないんだけど」

なぜと言われたら、途端に、わからなくなった。

「…あー…なん…」

確かに、オプティマスはなぜ、自分と関わっているんだろう。なぜ、自分は選ばれたのだろう。
彼との日々がフラッシュバックする。どんどんどんどん、フラッシュバックする。駅で終電を逃すまいと派手に転けたとき、オプティマスはセルフチャージのために駐車場にいた。それで、擦りむいた膝が痛くて、子供のように誰の目も気にせずうずくまっていた。涙を堪えていたとき、声をかけてきたのがオプティマスだ。

───大丈夫か?

「…なんで、かな…」

考えたこともなかった。ただ、その優しくて低い声を辿ったら、彼はトランスフォーマーだった。
それだけだ。
それだけで、恋をした。
そう思ったところでマギーの携帯が鳴った。

「ユマ…、ああ、もっと話したいんだけど、私、行く時間になっちゃったわ」

微笑んで頷いた。マギーは忙しそうだった。

「またなにか分かれば、教えてあげるから」

立ち上がったマギーに思わず慌てて声をかける。

「あ、マギー!」
「?」
「あー…、まだ会っちゃだめなのかな、オプティマスには」
「…私はこれから会いに行くわ」
「え!?」
「いろいろ、彼等が調べたこととこちらで調べたことを摺り合わせなくちゃいけなくて」

なんだか情けなさがピークに達した。この敗北感。民間人って、なんなんだろう。本当に。

「…あー羨ましい、本当に。会いたいなぁ…」
「ユマ…」
「今は無理だけど、できれば会って話がしたい…」

こんなに自分の気持ちを素直に吐き出したの、何日ぶりだろう。

「私にそういうの決める決定権はないんだけど、長官には伝えておく」
「…ありがとう」
「本当に愛してるのね」
「え!?」
「そんな怪我をしても…、相手を想えるって、素敵だと思う」
「……」
「…私はあなたが、羨ましいわ」

足早に去って行くマギーの背中をぼんやりと目で追いかけた。





『ああ、難儀だった。神経使ったぜ!』

そう言ったあとジャズが漏らしたのはハァ、というレベルの排気ではなかった。ダァ、という排気である。言葉にすると間抜けだが、濁音が混じるほどのため息だ。ジャズが作ったサイバトロン製のファイルを、ラチェットが慎重に受け取った。

『この記録はオールスパークが復活する時の為に保管しておこう』

ラチェットのその言葉に頷いた。

『オプティマス、タイトルはどうする?』
『…”名もなき騎士の反乱”だ』
『了解した』

疲弊したジャズの体が緩衝材に沈む。

『…何重にもロックがかかってたが、解読するたびに強力なウィルスの攻撃を受ける。神経をやられる前にバックアップを取れたクロミアは流石だな!』
『ジャズ、目的はわかったのか』
『亡命する星のデータがあった。そこに移住するのにエネルゴンが必要だったんだろう。生命体はいなかったが資源は充分だ。時間をかければたしかに何とかなっただろうな』

疲れてはいるが鋭いジャズの視線は、ラチェットが体内に取り込んでいるファイルにいっている。

『…オプティマス、ユマに関するデータも探知した』
『…それで?』
『…産まれてから今までの記憶、その前の母体にいた時の記憶、いろいろ入ってたぞ』
『……』

ラチェットが割って入った。

『興味があっただけだろうか』

その言葉に首を振った。

『おそらく、オールスパークの器が彼女になっていると思ったのだろう』
『…オプティマス、それは…』
『!そんな事、あるのか!?』
『私が彼女に拘り守る理由が、それしかないと踏んだのだろう』
『……』
『オールスパークはどこかに身を潜めているはずだ。欠片の中かもしれない。あるいはまったく別の場所で眠っているのかもしれない。破壊されても消滅はしない。その性質を知るのは我らだけだ。ということは、やはり奴はセンチネルに師事し、その真実を知ったということになるだろう』
『…やっぱり叡智、すげえな』
『しかし、ユマの脳をたどったがそれは見つからなかったというわけか』
『あるはずがない。彼女はオールスパークを巡る戦いには関わっていないのだからな』

───おーるすぱーく
───我々に…、そうだな、君たちのいうところの"魂"を吹き込むエネルギーに満ち溢れた物体だ


互いに少しずつ築きあげてきた軌跡にばかり思いがゆく。

『そういえばオプティマス、ユマは意識、戻ったのか?』
『そう聞いている。マギー・マドセンから』
「───呼んだ?」

ラチェットのラボのスライドドアの向こう側で、軽やかな声がした。

「こんにちは」
『マギー!きたか』

ジャズがバイザーを下げた。マドセンは笑顔でジャズに応対している。

「ここ、初めてきたわ。全部大きい。アリスにでもなった気分よ」

臆する事もなく向かってきたマドセンから、簡素な地球製のUSBを受け取る。

「これが最後の。ユマに質問してた時のやつね。もうこの時から入れ替わっていたのよね」

USBを接続し、再生させる。

”───問題は…
───敵にもヒューマンモードが存在するという情報を、リーダーであるオプティマス・プライムが政府に隠していたという事実です”

「これは、元々用意していた質問事項よ」

”───彼は隠したりしません
───ずいぶん信頼しているんですね”

『……』

”───…彼は…、大切な、…大切な、…友人…です”

泣きそうになる直前、ユマの声は震える。
途端に、苦しくなった。
この時から彼女は、助けを求めていたのか。
必死に心を隠し、この質疑の後、夜に基地を抜け出し、彼女を海へ誘った。その時…過敏に対応した自分に、

───ご、ごめん、何も知らなくて…、水準とか、そんなのは…

なんという負荷を与えてしまったのか。何も知らぬ彼女に、本当の意味で味方はいたのか。
なぜ冷静に会話しなかったのか、蚊帳の外でどんな思いをしたかなど、微塵も吐露せず、ユマは…

「…ユマ、今さっき会ってきたの。あなたに会いたいって、それだけ…」
『……』
『……』
『……』

ユマの方が、何倍も強き精神を持っている。完敗だ。

「あなた達が早く自由に動けるように、努力してみる」

マドセンは笑顔だった。
ジャズとラチェットは、なぜかふたりとも晴れやかな顔をしていた。

「だから解析を手伝ってくれる?もう報告書が山盛りなの、吐きそう」

ラチェットとジャズを見上げてそう呟いたマドセンは、もうただの分析官の顔に戻っていた。

『マギー・マドセン』

膝をおり、できるだけ目線を合わせた。

「?」
『感謝する。我々の数少ない味方になってくれてありがとう』


2014/10/16